第71章 商人の町
「いや、それが…今回は俺は留守番なんだ。光秀がお供をする。
非常に残念で、非常に不安、なんだが…御館様のご希望ゆえ、仕方がない…くっ」
悔しそうに唇を噛む秀吉さんを見てしまい、(しまった、墓穴を掘ってしまった)と後悔するが、時すでに遅く…今度は秀吉さんの愚痴がグチグチ始まった。
「光秀がお供など…御館様によからぬことを吹き込むのではないかと、心配で心配で…。
いや、まぁ、光秀が南蛮との取引に精通しているのは確かだが…御館様に妖しいものをお勧めせぬかとの不安が尽きん…」
「秀吉さん…考え過ぎだよ、落ち着いてっ!」
(全然聞こえてない…ダメだこれ…)
止まりそうもない愚痴の数々に途方に暮れていると、
「……煩い、秀吉、貴様の説教は聞き飽きたわ。さっさと準備に取りかかれ」
「は、は、はいっ!」
信長様の鶴の一声で、秀吉さんはぴしっと居住まいを正すと、急いで部屋を出て行った。
「全く…よくもあれだけ口が回るものよ」
「ふふ…秀吉さんは信長様のことになると必死ですから…」
「うるさくて敵わん……朱里…」
「えっ?っ…んっ、んんっ!」
信長様は徐に、お茶請けの干菓子を一つ摘むと私の唇に押し付けて……そのまま唇を塞いだ。
信長様の唇に押された干菓子は、薄く開いた私の口の中へと落ちていき、甘くふわりと溶けていった。
口の中に残る甘さを追い求めるように、信長様の舌が奥へと入ってきて口内をくるりと舐め回す。
柔らかな甘みは口内だけでなく、私の頭の中へも広がっていった。
「んっ、ふっ…うっ…」
甘い干菓子はあっという間に溶けてなくなったのに、舌と舌が絡まり合う濃厚な口づけは、名残を惜しむようにしばらくの間続けられた。
やがて、チュッと艶やかな音を立てて唇を離した信長様は、赤い舌を出してペロリと下唇を舐める。
その姿がなんとも言えずいやらしくて色っぽくて、口づけで乱れた私の心をざわつかせる。
「甘いな…貴様との口づけは、どんな甘味よりも甘い」
「ん…もう…だめ、ですよ?」
「くくっ…これ以上はせん、今は、な……貴様、そんな目をして…この先を期待しているのか?」
くいっと口角を上げて意地悪げな笑みを浮かべた信長様が、指先で私の目元に触れる。
それだけで芯から蕩けてしまった私は、後はもう、なされるがままに乱されていったのだった。