第71章 商人の町
七草の儀が済むと、そろそろ正月気分も抜けて、城内も日常に戻りつつあった。
「堺へ、ですか?」
執務室でご政務中の信長様のもとへ、いつものようにお茶の用意を持っていくと、そこには秀吉さんもいて、何やら二人で打ち合わせ中だった。
それを聞くともなく聞きながらお茶を点てていると、どうやら信長様が数日後に堺へ行くという話らしく……
「ああ、正月早々だが、堺で南蛮商人との大きな商談がある。交渉には数日かかるゆえ、その間は商館に泊まることになる。
それと……今井宗久から茶会の誘いを受けている。
『天女様もぜひご一緒に』…だそうだ。
どうする、朱里?」
「ええっ…私も、ご一緒してもいいのですか??」
堺へ行くのは何年ぶりだろう…あれは確か、結華がまだお腹にいた時だ、瀬戸内での戦の後、信長様と一晩だけ商館に泊まったことがあったのだった。
(あの時はすぐに安土へ戻ったから、堺の町を見ることはできなかった…もう一度信長様と堺へ行けるなんて、嬉しいけど……お仕事のお邪魔ではないのだろうか……)
「茶会では、今井を始めとした堺の納屋衆が顔を揃える。皆、噂の天女様に会いたがっているそうだぞ?くくっ…」
「ええっ…そんなぁ…っ…でも、信長様がいいなら、行きたい、です」
「俺は構わん。久しぶりに貴様と泊まりがけの旅か…愉しみだな」
ニヤッと不敵に緩められた口元には妖艶な笑みが浮かんでいて、ついっと伸ばされた手が私の顎を掬う。
口づけられる……そう思ってしまうほど近くに、信長様の端正な顔が近づいてきて………
「あ、あ〜、ゴホンッ!ゴホッ!」
「ひ、秀吉さんっ!」
(まずいっ、存在をすっかり忘れてた…ごめんっ、秀吉さん……)
ハッとして見ると、秀吉さんは微かに頬を赤らめて気まずそうに横を向いていた。
「……なんだ秀吉、おったのか?」
「おったのか、ではございませんっ!御館様っ、いい加減、所構わずお戯れになるのはおやめ下さいっ!天下人の威厳に関わります。人前で、く、口づけなど、もっての外です!
くれぐれも、堺の商人達の前では自重して頂いてですね………」
ブツブツとお説教を始める秀吉さんを、ウンザリした目で煙たそうに見る信長様。
「あ、あのっ、堺には秀吉さんも行くの?」
話題を変えねば延々と続くであろう秀吉さんのお説教を回避するために、話を振ってみた。