第70章 初詣
「何をそんなに祈ることがある?」
「んー、色々ありますよ。皆が健康で過ごせますように、戦や謀叛が起こりませんように、信長様の天下布武が揺るぎなきものとなりますように、信長様とずっと一緒にいられますように、お、お世継ぎを身籠れますように、とか……」
つらつらと述べる私を、信長様は益々呆れたように見る。
「全く…それは欲張りすぎだろう」
「え〜、だって…考え出したらキリがなくて…」
「そのような願い、神に祈らずとも俺が全て叶えてやる」
「っ…えっ?」
「俺は神に何かを祈るつもりはない。人々の信仰心は否定しないが、俺には無用のものだ。神に願わずとも、己の望みは己で叶える。貴様の願いもまた、俺が叶えてやる」
「信長様っ…」
不敵に笑うその顔は自信に満ち溢れている。
いつだって信長様は私の望みを叶えてくださってきた。
今までもこれからも、それはきっと変わらないのだと無条件に信じられる…信長様はそういう御方だ。
「ふふっ…それじゃあ、信長様が神様ですね」
私の言葉に、ふっと余裕ありげに笑みを溢す。
「神への供物は貴様自身、ということでいいのだろうな?」
「っ…もう、何言って……」
深紅の瞳の奥に、妖しく艶めいた光を垣間見てしまい、トクトクっと心臓の音が速くなる。
神前なのに艶めいた気持ちになってしまった自分が恥ずかしくて、誤魔化すように視線を逸らしていた。
「母上〜、おみくじ、引いてもいい?」
お詣りを終えて本殿の前から離れようとしていると、結華がおみくじを引きたい、と言う。
「あっ、いいね!引こう引こうっ!信長様も、引きますよね?」
「はぁ?俺は神頼みはせん、と言ったであろうが…」
苦々しい顔をする信長様にはお構いなしに、売り場へと引っ張っていく。
「ふふっ…おみくじぐらい、いいじゃないですか、運試しですよっ!」
「っ…だから、運、などという不確かなものは信用ならん、と…」
売り場の前まで来ても、まだブツブツと不満を洩らしている信長様を半ば無視しつつ、結華と私はウキウキしながらおみくじを引く。
信長様の番ですよ、とその背を押すと、非常に嫌そうな顔をしながら、まさに渋々といった様子で引いておられる。
(そんなに嫌がらなくても…駄々捏ねてる子供みたい)