第69章 接待〜甘く解して
静かな茶室に、シュンシュンと茶釜の湯が沸く音だけが聞こえている。
きちんと袴を身につけた信長様は、茶釜の前で正座をし、優雅な手捌きで茶道具を扱っている。
一つ一つの動きに無駄がなく、洗練されたその動作は、指先一つ動かすだけでも美しい。
今も、サラサラと茶筅を動かす手の動きに、私は思わず見惚れてしまっていた。
私は今、数人の家臣の方と共に茶室にいる。
謁見の後、皆を茶室へと案内し、数人ずつに分けて茶席を設けているのだ。
信長様は、家臣一人一人に順番に薄茶を点てて下さっている。
それは普段滅多にないことであり、皆、自分の順番が来ると感極まった様子を見せていた。
(みんな、喜んでくれてるみたいでよかった。それにしても…信長様の手捌き、綺麗で、見ていて飽きないな…)
私語も許された、くだけた茶席にも関わらず、皆、一言も発せず、茶を点てる信長様の優美な姿に魅入っているようだ。
「貴様ら、見過ぎだろう…落ち着かんわ」
最後の一人分の茶を点て終わり、コトリと茶碗を置いた信長様は、口元を緩めて、くだけた調子で皆に声を掛ける。
その瞬間、茶室の中の緊張感あふれる空気が緩み、皆一様に肩の力が抜けたようだった。
「いや、しかし、御館様の点てられた茶を頂けるなど…思いも寄らぬ喜び…末代までの誉れと致しまする」
「誠に…この歳になってこのような栄誉を頂けるとは…ありがたい」
「まったく…大袈裟な奴らめ…」
家臣達の、心酔したような熱い眼差しを受け止めながら、呆れたように口の端を緩める信長様は、どことなく嬉しそうだ。
先程まで正式の作法に則って茶を点てておられた信長様は、打って変わって、自分と私、二つ分の茶を無造作に点てると、作法など気にせぬ様子で、ぐいっと飲み干した。
私も茶碗を手に取り、抹茶の芳醇な香りを堪能してから口を付けると、きめ細かく点てられた泡がふわりと口当たり良く、一口飲むと爽やかな苦みが口内に広がっていく。
(ん…美味しいっ…)
信長様の点てるお茶は、優しい味がした。