第68章 おあずけ
翌朝、至極清々しい気分で目を覚ました信長は、隣ですやすやと穏やかな寝息を立てる朱里の髪を梳いていた。
時折、その艶やかな黒髪を掬い取ると、指先でクルクルと弄んでいる。
昨日までの苛々とささくれ立った気持ちが嘘のように、心も身体も満たされて、清々しくも穏やかな年始の朝だった。
(幸せそうな顔をしおって…昨日までのあれは一体何だったのだ…)
昨晩、朱里が天主に入ってくるまでは、色々と聞かねばならないと思っていたのだが、湯上がりのほんのり赤みを帯びた肌を見た途端に、気持ちが昂ってしまったのだった。
「……ん、あ、信長さま…」
重たそうに目蓋を持ち上げながら、身動ぎした朱里は、まだ少し寝惚けているようだ。
(昨夜は随分と無理をさせたゆえ、もう少し寝かしてやりたいが…今朝は年始の会もあるし、あまりゆっくりもしておれん)
「朱里、起きたか?」
「んっ…おはようございます…」
呆けたような声で言いながら、猫のように頭を擦り寄せてくる。
普段は見られないような甘えた仕草をするあたり、やはりまだ寝惚けているのだろう。
放っておくと、また目蓋が落ちそうになっている。
責任感が強く、妻たるもの、夫より先に起きねば、と常々言っている朱里にしては珍しいことだ。
(俺としては、べつに気にもしていないのだがな…)
(余程疲れてるのか…)
「朱里…もう起きるぞ」
閉じかけた目蓋の上に、ちゅっと口づけを落とす。
唇が触れたところがピクリと反応し、まつ毛がふるふるっと微かに震えるのが、何とも愛らしく、続けてチュッチュッと啄むように口づける。
「……朱里…」
「ん…ふ…あっ、んっ…」
「ふっ…早く起きよ…起きぬのなら、このまま喰ってしまうぞ?」
舌先でツーっと目蓋の上を舐め、眼球の形を確かめるように、ツンツンと刺激すると、朱里は擽ったそうに身を捩る。
「んっ…やっ、もぅ…信長様っ…?」
ようやく、ぱちりと開いた目で、うっとりと蕩けるように俺を見つめてくる。
(っ…まったく…その目は反則だな…)
「ようやく起きたか?くくっ…随分とお疲れのようだな、奥方様?」
「やっ、もぅ…誰のせいですか……?」
昨夜の交わりを思い出してでもいるのか、ぽっと赤くなった顔を両手で押さえている。