第68章 おあずけ
大晦日の夜
湯浴みの後、天主へ向かう朱里の足取りは重かった。
(夕餉の時も、信長様とはあんまり話せなかった。結華とは楽しそうに城下の話などなさってたのにな…)
父娘が仲睦まじくしているところを見ると幸せだった。
結華を溺愛する、子煩悩な信長様を傍で見ているのが好きだった。
なのに……今は、それがひどく疎外感を感じるのだ。
嫉妬?娘に嫉妬するなんて…大人げない。
結華は、たった五歳なのに……
襖を開けて中に入ると、信長様は廻縁に出ておられ、欄干に凭れて夜空を見上げておられた。
障子が開け放たれた室内は冷んやりとしていて、床板が氷のように冷たくなっていた。
湯上がりの暖められた体温も、足元から急速に冷えていくような気がして、思わず足を擦り寄せる。
「信長様、外は冷えますよ‥っ…あっ、雪っ?」
見ると、真っ暗い夜空から小さな白いものがヒラヒラと舞い落ちている。
それはゆっくりと舞いながら、欄干の手摺りの上に降り立ち、ふっと消えていった。
「わぁっ!雪、大坂で初めてですねっ」
「あぁ、大坂は地形的に安土より雪は少ないようだな。今宵は少し冷えるようだ…湯冷めしてはいかん、中へ入るぞ」
「ええっ、もう少し見ていたいです…ダメ?」
「っ…!仕方のない……こうしていれば…寒くないか?」
「っ…あっ……」
ふわりと後ろから大きな腕に抱き締められる。
身体をすっぽりと包み込まれて、信長様の少し高めの体温と胸の鼓動を間近に感じる。
(ん…暖かい…信長様…)
後ろを振り向いてお顔を見たい…そう思いながらも何だか恥ずかしくて出来ず、じっと雪が降るのを見つめ続けた。
恥ずかしくて赤くなっているであろう顔を見られないように、真っ直ぐ前を向いていると、時折、信長様の吐く白い息が首筋にかかる。
それだけで、ドキドキと胸の鼓動が煩く騒いでしまう。
「ふっ…貴様の心の臓の音を感じる…随分と忙しないな」
前に回されていた信長様の大きな手は、いつの間にか胸の膨らみの上にあり、その存在を確かめるように、ゆっくりと撫でられていた。
「あっ…やっ…待って…」
「…今宵は、昨日の夜着は着ぬのか?よく似合っておったのに…残念だな」
「っ…あっ…」