第68章 おあずけ
「父上〜、早く早くっ!」
「結華っ、落ち着け…そんなに急いでは転ぶぞ」
「大丈夫っ!結華、もう五歳だもん、転んだりしないよっ!」
城門を出て、城下の町の様子が見え出すと、結華はもう居ても立っても居られないようだった。
繋いでいた手をぱっと離し、風のように先へ駆けていく。
大きくなって足取りもしっかりしているが、過保護な父としては、どうにも心配で堪らない。
キラキラと輝くような、娘の笑顔が眩しい。
この笑顔が見たくて、城下へと連れてきてしまった。
今日は大晦日
大坂城下では晦日の市が開かれており、大層な人出だろう。
例に漏れず、護衛なしの二人だけの外出だ。
秀吉にでも知られたら、また煩いことになるだろうが、愛しい娘との久しぶりの外出に無粋な護衛など必要ない。
少し足を早めて結華に追いつくと、その小さな手を掴まえる。
「こらっ、父の傍を離れてはならん」
「…ごめんなさい、父上」
ぎゅっと握り返す小さな可愛らしい手を、このまま離したくない、と思う。
朱里には『過保護が過ぎる、今からそんな風だと結華がお嫁に行けない』と呆れられているが、結華が嫁に行く日など…想像するだけで腹が立つ。
女親は、意外に冷静に物事を考えるらしい。
「父上?お店、たくさんあるねっ!あっ、あのお店、見てもいいですか?」
「ああ、何でも好きに見るがいい」
多くの人出で賑わう通りを、結華を連れてあっちへ入り、こっちへ入りしていると、段々と町の者の注目を集めていたらしい。
「おっ、信長様がいらっしゃるぞ、小さな姫様もご一緒じゃ。何とも、お可愛らしいのう」
「信長様によく似ておられるな。ご成長が楽しみじゃなぁ」
「けど、信長様の御子はあの姫さんお一人やろ?お世継ぎがおられんのは心配やなぁ。姫さんではお世継ぎにはなれんからな」
「…………」
「……結華、どうした?」
町の者達の明け透けな噂話が、小さな耳にも届いたのだろうか…先程まで愉しげに話していた結華が、急に黙りこくって俯いてしまい心配になる。
「…父上、お世継ぎって何? 結華は……父上のお世継ぎにはなれないの?」
「っ……結華っ…」
なんと言ってやればいいのだろう。
世継ぎであろうがなかろうが、俺にとって結華は、かけがえのない、大切な娘であることに変わりはない。
周りがなんと言おうとも………