第68章 おあずけ
家康が帰った後、一人になった朱里の部屋へは、女中達が入れ替わり立ち替わり訪れていた。
気が付けば今日はもう大晦日
一年最後の日に、城内は朝から忙しない雰囲気に包まれており、年越し準備のために皆が忙しく立ち働いていた。
(信長様には、今晩ちゃんとお話しよう。取り敢えず今は、信長様の妻としてやるべき事をやらなくちゃ!)
女中達を差配して、年越しと年始の準備をする。
正月三が日、信長様は、各地の大名方や家臣達との謁見の予定がびっしり入っているらしい。
私も妻として同席することになっている。
(信長様のお役に立てるように、頑張らなくちゃ……)
「奥方様、失礼致します」
女中達に細々と指示を出し終わり、ほっとひと息吐いていると、自室の入り口で声がかかる。
見ると、千鶴が平伏している。千鶴は、結華の乳母であり、聡明で朗らかな人柄で、信長様からの信頼も厚い女性だった。
「千鶴?結華がどうかしたの?」
千鶴がわざわざ来るなど、珍しい。
「あ、はい、あの、結華様ですが…先程、御館様がお越しになりまして…ご一緒に城下へと、連れて行かれました。夕餉までには戻る、言っておいてくれ、と仰られまして…」
「えっ、そうなの?」
信長様が、結華と一緒に城下へ………
晦日の市でも見に行かれたのだろうか…二人で……
朝餉の時には、そんなことは一言も仰らなかったのに、急に思い立たれたのだろうか。
いつもなら、必ず私に言ってから出掛けられるのに…こちらへお越しにならなかったのは、私と会いたくないから…?
嫌われて…しまったのかな…。
胸がツキンっと言いようのない痛みを覚える。
また……一人取り残されてしまったような心細さに襲われて、どうしようもなく胸が騒ぐ。
(っ…信長様っ、どうして…)