第68章 おあずけ
広間で皆で朝餉を頂く間も、信長様は無言だった。
私との間に座る結華には、話しかけたり、膳の上の魚の身を解してやったり、といつも以上に構い倒しておられるのに、私には話しかけてくれないのだ。
そんな、ちょっといつもと違う私達の微妙な雰囲気は、武将達にも当然伝わっていて……
朝餉が終わり、信長達が退席すると、待っていたかのように政宗が口火を切る。
「おい、秀吉、またなんかあったのかよ?」
「い、いや…俺は何も聞いてないが…」
「この前、一悶着あったばっかだろ〜、またかよ…」
「政宗、それをお前が言うなっ!この間の朱里の家出は、お前にも責任あるからなっ!」
「チッ、何でだよ…あれは光秀が朱里を揶揄ったせいだろ?なあ、光秀?」
「俺は事実しか伝えてないぞ?それよりも…今回の件は、家康に聞いた方がいいんじゃないのか?」
光秀の予期せぬ言葉に、皆が一斉に家康を見た。
「………やめて下さい、そんな目で見るの」
「い、え、や、す〜、正直に吐け」
「ちょっ、政宗さん、やめて下さいよ、俺に絡むのは…。大体、なんで光秀さんが知ってるんですか…あぁ、もう…」
「俺の情報網を甘く見るなよ、家康。奥方様とお前が何やら策を弄していたのを、俺が知らぬとでも?」
「策だなんて、そんな大袈裟な……あの子の健気なお願いですよ…まぁ、考えることはかなり大胆でしたけどね」
家康は渋々といった様子で、朱里との秘め事を皆に話す。
「……で、お世継ぎを孕むために信長様に散々禁欲させた挙げ句、昨夜は大胆に迫った、ってわけか?」
「政宗、お前なぁ…そんな身も蓋もない言い方…朱里が可哀想だろ?」
「しかしなぁ、じゃあ、なんで今朝の二人はあんなにギクシャクしてるんだ?家康のとっておきの秘薬まで使ったんなら、昨夜は当然、朝まで……だろ?」
「政宗さん、言い方……」
「家康、どうなんだっ?」
「ちょっと秀吉さん、そんな迫って来ないで下さいよ…俺は知りませんよ、朱里からはまだ何も聞いてませんから…」
『じゃあ…聞いて来い』
皆に囲まれ、揃ってそう言われた家康は、盛大に溜め息を吐く。
今日ほど自分の不運を呪ったことはない。
「はぁぁ…なんで俺が…もう、勘弁してよ…」