第68章 おあずけ
翌朝、目を覚ますと、寝所に信長様の姿はなかった。
敷布は既にひんやりと冷たくなっていて、随分前に起きられたのだと分かる。
信長様の夜着は、寝台の端に綺麗に畳まれて置かれていた。
そっと触れてみれば、それも当然冷たくなっていて…何だか一人取り残されてしまったような、言いようのない心細さを感じてしまう。
「はぁ……」
昨夜のことが思い出されて、やるせない思いに襲われ、一人溜め息を吐く。
(っ…信長様とどんな顔して会えばいいんだろう、気まずいな…)
朝日が射し込み、徐々に明るくなってくると、艶っぽ過ぎる夜着が恥ずかしくなり、慌てて着替えを済ませた。
小袖に着替えて寝所の襖を開けると、ちょうど信長様も天主へ戻ってこられたところだったらしく……鉢合わせをして、互いに顔を見合わせる。
「お、おはようございます、信長様」
「ん…おはよう…」
「……………」
「……………」
(き、気まずいっ…何か言わなくちゃっ…)
「………支度が済んだのなら、朝餉に行くぞ」
「っ…あっ…」
すっと伸ばされた手が私の手を掴むと、自然な感じで指を絡め取られる。
信長様は繋いだ手を軽く引き寄せると、私の手を引いて無言で歩き出した。
(んっ…信長様…)
昨日のこと、怒ってない?
私のこと、呆れてない?
私のこと…まだ欲しいと思ってくれていますか?
無言で前を行くその背中に、聞きたくて堪らないことがいっぱいあるのに、聞いてしまうのが怖かった。