第68章 おあずけ
「ダ、ダメよ、結華っ!これは、父上様に元気になって頂くためのお料理なのっ、結華は食べちゃダメ!」
「ええ〜なんで〜結華も食べたいな…」
(元気に、ねぇ…こやつ、何を考えているのやら……)
「信長様、まずはこちらをどうぞ」
そう言って朱里が酒盃に注いだものは、いつもの酒ではなく、紅い血のような色をした酒だった。
「…………これは何だ?」
「…すっぽんの生き血です。お酒で割り薄めてありますけど……すっぽん、お嫌いでした?」
「っ…いや、嫌いではないが……」
(こやつ、こんなものを飲ませて、一体俺をどうするつもりなのだ……)
盃に並々と注がれたソレを、一気に飲み干すと、酒に薄められてはいるものの独特な味わいであった。
美味くもないが不味くもない…
喉を通り、胃の腑へと流れていく紅い酒は、かっと身体を熱くさせる。
何となく複雑な表情を見せつつも、箸を取り、食事を始めた信長を見て、朱里は内心ほっとしていた。
(よかった…食べてくださって…それにあのお酒も……)
『すっぽんの生き血の酒』
見るからに殿方の精力増強のための酒だが、実はそこに更に、家康に用意してもらった『殿方の興奮を高める漢方薬』とやらを、こっそり混ぜてあった。
家康は『バレたら何て言われるか……』とブツブツ文句を言っていたけれど……
(見るからに精の付く料理にすっぽんのお酒、ってやっぱりちょっとわざとらしかったかな。でも、今宵は私も頑張ろう…)
黙々と箸を進める信長様の様子をチラチラと窺いながら、私も食事を始めたが、この後のことを考えると緊張してしまい、食事の味もよく分からなかった。