第68章 おあずけ
夕餉の刻限になり、私はいつものように結華と一緒に膳を持って、天主へと上がる。
ここ数日、何かと理由を付けては信長様からの夜のお誘いを断っている。
そのせいで信長様の苛々オーラが半端なく、何度か挫けて、流されて身体を許してしまいそうになったが……
(御子のためだもん、頑張らなくちゃ…)
「信長様、夕餉をお持ちしました」
「父上〜!」
文机の前で書簡の整理をしておられた信長様は、部屋に入ってきた私と結華を見て、ふわりと微笑まれた。
(わっ…その笑顔、反則です…)
主に結華に向けられる、その穏やかで全て包み込むような笑顔。
子が産まれるまで、信長様がこんなに子供にお優しいなんて思ってもみなかった。
結華のことは、初めての子、そして姫ということもあって、もう、目の中に入れても痛くない、というぐらいの溺愛ぶりだ。
(お世継ぎが産まれたら……男の子の父親になる信長様も見てみたいな)
「結華、いい子にしておったか?今日は何をしていた?」
結華を自身の膝の上に乗せて頭を撫でてやりながら、一日の出来事などを聞く信長様の顔は、緩みっぱなしだった。
しばらくそうして、親子の触れ合いの時間を楽しんだ後、三人で夕餉の膳を囲む。
「いただきますっ!」
結華の元気な声を合図にそれぞれ箸を持つ………が、信長様の手がピタリと止まる。
「おい、何故俺の膳だけ中身が違うのだ?」
「…………えっ?」
慌てて信長様を見ると、眉間に皺を寄せて、膳の中身を不審そうに見遣っている。
信長様の今宵の夕餉の膳は、
『鰻の白焼き 自然薯のすりおろし 牡蠣の卵とじ すっぽんの小鍋』
「あ、えっと、信長様、このところお忙しかったでしょう?お疲れかと思い、体力の付くお料理を用意して頂きました」
(体力の付く料理だと?いやいや、これは精力の付く料理の間違いだろう……)
澱みなく答える朱里の様子が逆に怪しい。
「わぁ〜、父上、これ美味しそう…結華も食べたい」
すっぽん鍋をキラキラした目で見つめる結華に、朱里は慌てる。
信長様は、食べ盛りの結華が可愛いらしく、結華が食べたがったものを、自分の膳から分けてやることもよくあるのだ。