第67章 秘密の宴
箸を持つ手が止まり、無言で俯いてしまった私を、政宗が顔が触れるほど近くで覗き込んで来る。
「っ…やだ、近いよ、政宗。あんまり見ないで…」
「……目、赤いな。眠れなかったのか?」
深い海の色のような政宗の碧眼に間近で見つめられると、心の奥深くまで暴かれてしまうような心地がして落ち着かない。
思わず目を逸らしてしまった私の目尻に、政宗の指先が触れて、優しくそっと撫でられる。
その繊細な触れ方に、ドキリと胸が騒ぐ。
政宗がこんな風に私に触れるのは、初めてのことだった。
「っ…あっ…政宗っ?」
「……涙の跡…泣いたのか?」
「ん……夢、見ちゃって…信長様が女の人と戯れる夢。辛くて苦しくて不安で…目が覚めても頭から離れなくて…」
「朱里…」
「っ…私、嫉妬深くて嫌な女なの。宴の場で、信長様が綺麗な女の人にベタベタ触れられてて、すごく嫌だった。私の信長様には誰も触れてほしくない…なんて、我が儘が過ぎるよね」
「そうか?お前は信長様のただ一人の妻なんだから、それぐらいの我が儘、言ったっていいんじゃないか?
男は惚れた女の我が儘には弱いもんだぞ?
朱里のその気持ち、信長様にはっきり伝えろよ」
「っ…でもっ…嫉妬深くて我が儘で…嫌われちゃったら、飽きられちゃったら、って思うと不安なの。信長様なら、どんな女の人も選り取り見取りだし…
綺麗な女の人に、あんな風に艶めかしく迫られたら……男の人は悪い気はしないんでしょう?」
(ったく…女ってのは妙なところを気にするんだな…。
信長様の溺愛っぷりは側から見ても呆れるぐらいだし、あの方が朱里に飽きるなんてこと、天地がひっくり返ってもあり得ないだろ?
一夜の浮気すら考えられないと思うけどな……)
「そりゃあ、まぁ気分は悪くないけどな。
でも、昨日の信長様は、ちっとも嬉しそうじゃなかったぞ?」
「……そうかな…」
「家臣達の手前、嫌な顔はなさらないが、内心は…どうだかな。
まぁ、以前の信長様なら、宴の後で遊女を一人、二人、お持ち帰りされることもあったけどな」
「っ………」
分かってる。
私にとって信長様は初めての殿方だけど、信長様は違う…色んな女の人を知ってらっしゃる。
私だけを愛してる、といつも言って下さる。
その言葉を疑ったことなどなかった…あんな風に女性に囲まれた信長様を見るまでは……