第67章 秘密の宴
翌朝、ほぼ一睡も出来ずに朝を迎えた信長は、寝台の上で重たい身体を起こした。
冬の冷え切った空気が身を刺すように、身体だけでなく心までもが寒かった。
「…おはようございます、御館様。お目覚めでしょうか?」
秀吉の抑えた遠慮がちな声が聞こえる。
「起きておる。支度をするゆえ、暫し待て」
「はっ!」
手早く着替えを済ませて寝所を出ると、平伏する秀吉の横を通り、文机の前に腰を下ろす。
ゆっくりと頭を上げた秀吉は、いつもどおりに各地からの報告と今日の予定などを、淡々と述べながらも、どことなく物言いたげな視線をチラチラと送ってくる。
「…………何か言いたそうだな?」
「はっ……あっ、いえ…その、昨夜はあの後、朱里とは…話をされましたか?」
「っ…いや…話してはいない。朱里は天主には戻っていない。昨夜は自室で休んだようだな…」
「えっ!ええっ??いや、そんなはずは…」
怪訝そうな顔で言い淀む秀吉の様子を不審に思い、
「……なんだ?何かあるのか?」
「あ、いえ、あの…先程、朱里の部屋に様子を見に行ったのですが……いなかったもので…千代も『姫様は天主にいらっしゃる』と言うので、てっきり、昨日は御館様と一緒に休んだものだと…」
思いがけない言葉に、ぞわりと胸が震える。
「……何だと?どういうことだ、秀吉っ!俺は何も聞いてないぞ?…っ、朱里は…どこにいるのだっ?」
「お、落ち着いて下さいっ、御館様っ」
部屋にいない、だと?
何故だ? いつからだ? 昨日の夜から、か?
一体、どこに行ったというのだ?
「……御館様、失礼仕ります」
思考が堂々巡りしている中、襖の向こうから、もはや聞き慣れた、嫌味なぐらい冷静な声が聞こえる。
「っ…光秀か…」
顔に動揺を滲ませる俺と秀吉とは逆に、光秀は相変わらず飄々とした様子で入ってくる。
秀吉が天主に来る朝のこの時間に、光秀までもが来るのは珍しい。
余程の急ぎの用件だろうか……各地に放っている間諜からの良くない知らせか?
その表情の細かな変化まで見逃すまい、と光秀をじっと見据えたまま声を掛けた。
「貴様が来るとは珍しい…如何した?」
「御館様に、取り急ぎ、ご報告しておかねばならぬことがございまして」
「ふっ…貴様からの報告はいつも良からぬことばかりゆえ、気が重いが…申してみよ」