第67章 秘密の宴
だが……広間の入り口で呆然と立ち尽くす朱里の姿を見た時は、我ながら、心の臓が止まるかと思うほど驚いた。
(『宴には出るな』と命じていたはずなのに……あやつ、何をしているっ!)
広間の乱痴気騒ぎを見て顔が青ざめているのが、こちらからでも分かる。
光秀に何やら言われて泣きそうに顔を歪めたのを見た瞬間、上座から立ち上がっていた。
女どもが嬌声を上げて取り縋ろうとするのを邪険に払って、真っ直ぐに朱里の元へ行くと、朱里は真っ青な顔をして、ふらふらっと足から崩れ落ちそうになっていた。
(くっ………)
咄嗟に腕を掴んで支えてやったが、俺を見る朱里の目は驚きと悲しみに満ちていて……
(くっ…そんな目で俺を見るなっ)
『貴様、こんなところで何をしている?』
自分でも驚くほど冷たい声音が出た。
(……俺は…怒ってるのか?…何に対して……)
問い詰めても一向に要領を得ぬ朱里の態度に苛立ち、思わず声を荒げてしまった。
『朱里っ!』
宴の喧騒がピタリと静まり、ビクッと身体を震わせた朱里を見て、まずいと思ったが……どうしようもなかった。
『…………離してっ!信長様の嘘つきっ』
あれ程までに、はっきり拒絶されたのは初めてだったかもしれない。
秀吉が割って入らなければ、あの場から朱里を無理矢理にでも連れ出していたであろう。
家臣達の手前、何事もなかったかのように宴の場に戻ったが、内心は朱里のことが気になって仕方がなく、酒の味も分からなくなるほどだった。
(あの後、政宗が自室へと送っていったようだが…今宵はそちらで休んでいるのか…俺に会いたくない、ということか…)
今宵のような宴は今に始まったことではない。
家臣達の労を労うため、たまには羽目を外して本音で語り合う場を設けることも必要だと思っている。
酒と女は、人の警戒心を解き、本音を曝け出させる為には、格好の材料となる。
綺麗事を言っているだけでは、世の中は上手く回らないということだ。
真に愛するのは朱里だけだが、周りの警戒心を解く為に必要とあれば、遊女と戯れることもある。
それを理解しろ、と朱里に求めるつもりはないし、傷つけるつもりもなかったのだが……
「くっ…俺はまた、あやつを傷つけたのか…」
広い寝台の上に一人で横になったその夜は、ひどく心細く、いつまで経っても眠れなかった。