第66章 信長の秘密
「大事ない。痕は残っているが、このぐらい大したことではない。
女子と違って、男は傷痕の一つや二つ増えたところで気にすることもないからな」
からりと陽気に笑ってみせる様子は、無理をされている訳ではなさそうだが………
「……家康が心配してました。後で、行ってあげて下さいね?」
「………仕方がないな」
困ったようにわざとらしく溜め息を吐きながらも、信長様はどこか嬉しそうだった。
「………で、貴様は結局、何をしに来たのだ?」
(っ…そうだった…私が信長様を探していたのは……)
「信長様に文をお届けに来たのです。
………伊勢の母上様から、ですよ」
着物の懐に大切に忍ばせていた文を、折れないようにそっと取り出して信長様の方へと差し出す。
文に焚き染められた香の香りが、ふわりと上品に香る。
「……母上から文だと?俺宛てか?……俺と貴様、両方へか……先に読んでもよかったのだぞ?」
「ええっ、や、そんな…信長様より先になんて…読めませんよ」
「くくっ…だが、文の内容が気になっておるのだろう?わざわざ、こんなところまで俺を探しにくるぐらいだからな」
「うっ……」
そうなのだ。久しぶりの母上様からの文…宛名は信長様と私の連名になってはいるが、当然のことながら信長様がお読みになるべき文であり……でも、私も早く読みたい、その気持ちが、じっと文を眺めていると抑えきれなくなってしまい、夜まで待てずに信長様を探すことにしたのだった。
(はしたない、って思われちゃったかな…)
何だか無性に恥ずかしくなって顔を伏せる私に、信長様はさも可笑しそうに言う。
「全く…貴様は妙なところで生真面目だな。俺に遠慮などせずとも良いのに……まぁ、そういうところが健気で可愛いのだがな」
「っ……やだっ…か、揶揄わないで下さいっ…」
自分の言った言葉に瞬時に反応し、分かりやすく頬を赤く染める朱里を好ましく思いながら、信長は母からの文を読むために廊下の端に腰を下ろした。