第66章 信長の秘密
「ごめんね、家康。信長様のこと、心配してくれてありがとう」
「っ……別に、心配してるわけじゃない。
あの人、放っておくと無茶ばっかりするんだから…後で困るの、こっちだし……」
ふいっと顔を背けた家康の首筋が少し赤くなっているのを見て、私もまた、ふわっと暖かい気持ちになる。
(信長様と家康は、何だかんだ言いながらもお互いを思い合っていて……本当に、兄弟みたいだな)
家康の部屋を出た後、厨や書庫なども覗いてみたが、やはり信長様の姿はない。
厨で料理中の政宗や、書庫で本に没頭していた三成くんにも聞いてみたけれど、二人とも朝の軍議の後は信長様に会っていないそうだ。
(はぁ…どこに行かれたのだろう?)
心当たりの場所は全部探したはずなのだが……こうも見つからないとなると、広い城内が疎ましくなってくる。
部屋ごとに趣向を凝らした絢爛豪華な襖絵ですら、何度も見ているうちに、みな同じものに見えてくる始末で、自分が迷子になりかけているような、嫌な予感がしているのだった。
(外出はされていない、と小姓の方は言っていたけど……もしかしてまたこっそり出かけられたのかしら……)
信長様は時折、急に思い立って、城下外へお一人で遠乗りに出られることがある。
思い立ったら、即行動なさる性格だから、秀吉さんなどはいつも引き留めるのが間に合わず、大いに嘆いている。
(秀吉さんのお説教を、わざと面白がって聞いていらっしゃる節もあるけど……)
本能寺でお怪我を負われてからは、遠乗りも、もちろん秀吉さんからの禁止令が出されていて、信長様もこれにはかなり不満気な顔をされていたものだ。
先頃、ようやく外出禁止令が解かれたばかりだ。
久しぶりに馬に乗りに行かれたのかもしれない。
(厩に行ってみようかな……)
馬がお好きな信長様には、各地の大名から名馬が献上されることも多く、厩には信長様の愛馬が何頭もおり、大坂城には立派な馬場も作られている。
「こ、これは奥方様っ…このような場所へわざわざ…」
「こんにちは、あのっ、信長様は来られていますか?」
「い、いえ…御館様はいらっしゃいません。以前は頻繁に遠乗りに出られておったのが、ここ最近は全く……毎日、馬達の様子を見に来ては下さるんじゃが…乗って下さらんのです」