第66章 信長の秘密
大坂城での生活にも慣れてきた頃、ある日の昼下がり、私は広い城内を一人歩いていた。
(安土城も同じくだけど、大坂城も部屋数が多いな……私も最近ようやく迷わなくなったぐらいだもの…)
普段は天主か、自室がある奥御殿と本丸御殿の信長様の執務室、大広間など、決まったところにしか行くことがない私が、今日は一つ一つ部屋を覗きながら廊下を歩いているのは………
信長様を探しているからだ。
最初、執務室に行ったら、秀吉さんに『今日の御政務は一段落したから、御館様は天主に戻られた』と言われて、天主に行くと、そこは既にもぬけの殻だったのだ。
(う〜ん、ここにもいらっしゃらないし……一体どこに行かれたんだろう…)
どの部屋を覗いても信長様の姿はなく、時折すれ違う家臣の方に尋ねてみても、皆、分からない、と言う。
そうかと言って外出されたわけではないらしく、城内のどこかにおられるようなのだが……。
(そういえば朝餉の時に、家康が火傷の傷痕の具合をもう一度確認したい、って言ってたな…家康のお部屋にいらっしゃるのかも……行ってみよう)
廊下に面した部屋を確認しながら歩いていき、家康の部屋の前まで来ると、襖の前で声をかける。
「……家康、いる?」
「…朱里?いるよ、どうぞ」
襖を開けて中に入ると、家康は珍しく刀の手入れをしているところだった。
「あっ、ごめん…お邪魔しちゃって…」
「……別に。暇だったから手入れしてただけだし…」
「珍しいね。刀の手入れしてるとこって、初めて見たよ」
「そう?武将なら普通じゃないの…信長様もなさってるでしょ?」
「…………見せてもらったことない」
「あっ、そう……で、今日はどうしたの?」
「あっ、えっと…信長様を探してて…いらっしゃらない、よね?」
部屋の中をチラチラと見回しながら聞いてみるけれど、案の定、家康の返事は素っ気ないものだった。
「いないね…傷痕見るって言っといたのに来ないんだから…俺も困ってるんだけど?」
「ご、ごめんなさい…で、でも、もう大丈夫なんだよね?」
「傷自体はね。でも痕は結構残ってたし、皮膚の引き攣り具合によっては、今後、刀を振り辛くなる、ってこともあるから……」
「家康……」
家康は淡々と言うけれど、その言葉の端々に信長様を心配する気持ちが伝わってくるようだった。