第65章 逢瀬〜つま先まで愛して
「ふっ…気にすることはない。普段どおりにしておればよい。
それとも……先に茶屋で団子でも食うか?」
「やだ、もうっ、人のこと、食いしん坊みたいに言わないで下さいっ!」
「くくっ…貴様、先程からあの甘味の店が気になっているだろう?」
信長は、少し先に見える甘味処の看板を指差しながら、ニヤッと悪戯っぽく笑ってみせる。
「ええっ、何故それを…!?」
「貴様のことは何でもお見通しだ。俺に隠し事はできんぞ?」
「ん…ふふっ…もう、信長様ったら…ふふふ…」
困ったように眉尻を下げた朱里は、次第に口元を緩めていき、花が綻ぶような笑顔になった。
ああ、俺は何よりもこの笑顔が見たかったのだ、とそう思った瞬間、民達の間からもわぁっという歓声が巻き起こったのだった。
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その後もいくつかの店を見て回り、信長様は商人達から直接話を聞いたり、品物を手に取って眺められたりと、安土の時と同様に積極的に民達と交流をされているようだった。
(大坂の人って気さくな人が多いみたい…話し易くて、朗らかで…京の人ともまた違うのね)
最初は緊張から固くなっていた私も、気さくに話しかけてくれる人達のお陰で、徐々に気持ちも和らいでいた。
「……疲れたか?」
少し休憩しよう、と信長様が仰って、私達は甘味処の店先でお茶を頂くことにした。
注文が終わった後、信長様は私を気遣って声をかけてくれる。
「ふふ…大丈夫です。天女だなんて言われて最初はどうしようって思いましたけど…町の人はみな、いい人ばかりですね!」
「ああ、そうだな」
「次は結華も一緒に、三人で来たいです」
「ん…そうだな…今日のところは、土産を買って帰ってやろう。
……京の土産は結局、渡してやれなかったからな」
「信長様…………買い過ぎないで下さいね」
「くっ…貴様、言うようになったな…」
苦笑いを浮かべながらも、どこか嬉しそうに口元を緩める信長様を見ていると、私も嬉しくなってくる。
やがて運ばれてきたお茶と甘味を頂きながら、甘味処の女将さんとも親しく言葉を交わし、町のことなども教えてもらった。
こんな穏やかな日々が一日でも長く続くようになればいい
戦の恐怖に怯えることなく心穏やかに過ごせる日々が続くことを、ただ願わずにはいられなかった。