第65章 逢瀬〜つま先まで愛して
大坂は古来より商人の町らしく、本願寺がこの地にあった頃から多くの商人がここで商いをしている。
俺がこの地に城を築き始めると、京や堺から移ってくる者も多く、今では安土にも劣らぬほどの賑わいを見せている。
人が集まれば、物も集まり、各地との流通も盛んになる。
様々なものが集まれば、その値にも商人同士の競争が生まれ、お互いに、より安く、より品質が良いものを売ろう、という意識が生まれる。
そういう前向きな意識が、経済を動かし、ひいては日ノ本全土を豊かにしていくのだ。
戦をするにも金がかかる。
朝廷や寺社仏閣を支え、京を治めるにも先立つものがいる。
武士は戦場で刀を振るうのが本領、金勘定などは卑しいもの、と従来、武士の間では考えられてきたが、俺はそのように思ったことは一度もない。
幼い頃、津島や熱田の商人達から聞いた商いの話は奥が深く、商いの仕組みは知れば知るほど、俺の興味を引いたものだ。
商人達の考え方は理に敵っていると思うし、民を豊かにし、国を豊かにしたい、異国と対等に渡り合える国を造りたい、という俺の望みを実現する為には、商人達との付き合いは欠かせない。
「わぁ!賑やかですねぇ、信長様!
お店も多いし、人の往来も盛んで…活気に溢れてますねっ!」
朱里は、右に左にと、忙しなく視線をやりながら感嘆の声を上げる。
「ふっ…はしゃぎ過ぎて、はぐれるなよ?」
「あ、はい…ごめんなさい…」
大きな声を上げてしまって恥ずかしくなったのか、急に小さな声になって俯くのが、また、何とも可愛いのだが……
「おおっ、見ろ、信長様じゃ。久しぶりじゃのう、城下へ来られるのは」
「隣におられるのは誰じゃ?あのお美しさ…もしや奥方様か??」
「何やて?奥方様言うたら、天女様みたいやと大層な評判やで…なるほど、ほんまに綺麗やなぁ…」
「何とも仲睦まじいご様子やなぁ。信長様のご寵愛が深過ぎて、奥方様は城からなかなか出られへんらしいて聞いたけど、ほんまに、あんな綺麗やったら、そうもなるわなぁ」
快活な大坂商人らしく、声を潜めることもなく明け透けに交わされる噂話が、聞かずとも耳に入ってくると、朱里は益々俯きがちになり、俺に隠れるようにそっと身体を寄せてくる。
「…朱里?」
「っ…信長様っ…あのっ、私…やっぱり…恥ずかしいです…」