第65章 逢瀬〜つま先まで愛して
信長は朱里の手を握り締めながら、城下へと続く道の先を、そのまた遥か先をも見つめていた。
(天下布武が成し遂げられても、俺が平穏無事に休める日は来そうもない……いや、寧ろ、そんな日は俺には相応しくないのやもしれんな…)
「…信長様?」
そっと肩口を触れ合わせ、案ずるように俺の顔を覗き込んでいる、朱里の愛らしい姿に自然と頬が緩む。
(此奴の笑顔もまた、俺にしか守れん。この愛らしい顔を、二度と曇らせたくはない)
「さぁ、間もなく城下が見えてくるぞ。……くくっ…民達に天女様のお姿を拝ませてやれ」
「やっ…もうっ!信長様っ、それ、やめて下さいっ!」
唇を尖らせてキッと睨む真似をする、可愛らしい仕草に、胸がトクトクっと早鐘を打つ。
(っ…貴様のそんな些細な仕草にすら、俺の心は揺さぶられるというのに…本当に、分かっているのだろうか……天下人を翻弄できるのは、貴様ただ一人だけなのだということを……)
朱里はいつも、全く無自覚に愛らしい仕草を見せる。
しかも、それは俺の前でだけという訳ではない。
家康や政宗ら武将達や、家臣らの前でも、それは変わらないのだ。
大人の女らしい落ち着いたところを見せたかと思えば、少女のように可憐な仕草をするのだから……見ているこちらとしては堪らない。
そういう異なる一面を見せるところが蠱惑的で、男心を捕らえて離さないのだが……どうやら本人にその自覚はないらしい。
家康らに下心がないことは分かってはいるが、俺の知らぬところで他の男にも、その愛らしい仕草を見せているのかと思うと……心中穏やかではない。
(まったく…俺をこんなにも嫉妬深くさせた女など…後にも先にも貴様しかおらんわ)
そう思うと、我ながら何だか少し可笑しくて、自然と口角が上がっていたようだ。
「??…どうかなさいました?」
小首を傾げて、下から覗き込むように、じっと目を見つめられる。
「っ…何でもない…」(トクンッ!)
「…………?」
尚も可愛らしい瞳に見つめ続けられ、騒ぐ鼓動に堪えられなくなった俺は……気が付けば、朱里の目尻の端にちゅっと口付けていた。
「!!!!!のっ、信長さまっ??」
「………愛らしい貴様が悪い」
「…なっ……何を……」
慌てる朱里に構わずに、繋いだその手を引っ張って、人々の喧騒が聞こえ始めた前方へと足を進めて行った。