第65章 逢瀬〜つま先まで愛して
冬が近くなり、お城の庭の木々も葉を落とし始めた頃、ようやく秀吉さんから外出のお許しが出て、その日、信長様と私は城下へと下りていた。
城移りの日から京への上洛、本能寺の襲撃、城への奇襲、と短期間の間に色々なことが起きてしまい、私が大坂城下を訪れるのは今日が初めてだった。
あの奇襲で、城下も敵方の攻撃を受けて、決して小さくはない被害が出たそうだけれど、信長様の指示であっという間に修復がなされていた。
今、町の様子を見る限りでは、戦の疵痕は見受けられない。
(よかった…城下が元どおりになって。でも…町の人達は、戦に巻き込まれて怖い思いをしたんだろうな…)
お店や家を壊された人もいるだろう、と思うとやるせなくて、どうしようもなく胸が痛んだ。
「……朱里?如何した?」
城門を出て、城下へと続く道を信長様と手を繋いで歩いていた私は、考えごとをして、いつの間にか俯いていたようだ。
心配そうな信長様の声色に、慌てて顔を上げて微笑んでみせる。
「あっ、いえ…何でもありません。城下が元のように戻ってよかったな、ってそう思って……」
信長は悩ましげにその紅玉の瞳を顰めると、ふぅっと一つ溜め息を吐いた。
「先の奇襲の折には城下の者にも苦労をかけた。戦乱の世の理とはいえ、戦になれば不利益を被るのはいつも民百姓だからな」
「信長様…」
「民達が平穏に暮らせる世を造りたいと願い、ここまでやってきたが、乱世の継続を望む者も未だ存在するようだ。
民百姓は強い。どれだけ踏み荒らされようとも、必ずまた立ち上がってくる。
生きることを諦めぬその姿に、俺は人間の真の強さを感じる。
俺もまた、例え俺が倒れようとも揺らぐことのない、真に強き世を造らねばならん」
「……信長様はお強いですね。っ…私は、すぐに心が乱れてしまって……」
繋がれた手に、ぎゅっと力が籠められる。
「朱里、俺が強いというのなら、それは守るべきものが傍にあるからだ。
人というものは、守るべき存在を得て初めて真に強くなる。
俺には…守りたいものが数多ある。
朱里、貴様や結華、家臣達、民達、城や国……
尾張一国を走り回っていた頃とは違い、この手には抱えきれぬほど多くの大切なものができた。
守るべきものの為、俺は…強くあらねばならんのだ」