第2章 安土にて
翌日、信長様に頂いた藤色の小袖を着て、城門の前で信長様を待っていると、純白の羽織を翻し、ゆったりとした足取りで信長様が歩いて来る。その場にいるだけで感じる圧倒的な威圧感と匂い立つ男の色気のようなものを感じてしまい、ドキリと胸の奥が疼く。
(信長様…久しぶりにお会いする。何を話せばいいんだろう…)
「あのっ、お着物ありがとうございます。信長様が選んで下さったって聞きました」
「あぁ、よく似合ってる。思った通りだったな。では出かけるぞ」
さりげなく差し出された大きな手に、戸惑いながらも手のひらを重ねると、信長様は私の手を引き歩き出した。
「わぁ、すごい人出ですね。お店もたくさんあるし、私がいた小田原の城下とは全然違いますね」
「この安土には京や堺などから多くの人や物が集まる。民が自由に商いをし、自由に行き来できる。一日も早くこの日の本全てをそのような自由な暮らしが出来る世の中にしたいものだ」
「それが、信長様が天下布武を目指される理由、ですか?」
「そうだな。国を豊かにし、民を豊かにし、俺自身はこの国の外、海を越えた先にある南蛮の国々を見てみたいのだ」
(信長様…こんな優しげな顔もされるんだ)
(町の人とも気さくに話してて、慕われてるみたいだし、魔王なんて呼ばれてるのが嘘みたい)
私達は城下のお店を色々と見て回った後、茶屋で少し休憩することにした。信長様が注文して下さった、お茶と、きな粉のたっぷりかかったお団子を頂く。
「信長様、このお団子、とっても美味しいです!」
「ふっ、貴様、本当に美味そうに食うな」
苦笑しながら、お団子を頬張る私を見ていた信長様の顔が不意に近づいて…赤い舌がペロっと私の唇の端を舐めて離れる。
「なっ、なに??何をなさるんですかっ??」
一瞬何が起こったのか理解できず、理解した途端、顔がカッと熱を帯びる。
「きな粉が付いておったから、取ってやったまでだ。この程度で恥じらうとは、子供か」
不敵に笑う余裕の信長様とは反対に、信長様の熱い舌の感触がいつまでも忘れられない私は、お城に戻るまで信長様と目を合わせることが出来なかった。