第62章 嘘つきには甘い罰
(さすがだな……これじゃあ、お怪我なさってる、って誰も気付かないよね……)
信長様は、怪我のことは、家康など一部の者にしか知らせておられず、城の大半の者が知らないままだった。
『燃え盛る本能寺から魔王が甦った』
光秀さんが多少大袈裟に広めた噂は、あっという間にどんどん尾ひれがついて広まっているようで、家臣達の信長様を見る目が、以前にも増して崇拝の様相を呈している。
(本当はお優しいところとか、そういうところを皆に知ってほしいんだけどな……)
胡座を掻いた信長の膝の上に座った結華は、甘えたようにその場から動こうとしない。
「結華、自分の席に着きなさい。それでは父上様がお食事できませんよ?」
「え〜……もっと父上と一緒にいたい…」
悲しそうに目を伏せる結華の姿に、胸がツキンっと痛む。
本能寺の襲撃とその後の混乱は、幼い結華の心をも傷つけたようで……城内で父親の死が噂される状況に精神的に不安定にもなっていた。
「結華……」
「朱里、構わん、このままでよい。
結華、父の膝の上に座っておれ。夕餉はこのまま一緒に食おう」
「はいっ!」
嬉しそうに信長に抱きつく結華は、久しぶりに満面の笑顔を見せている。
父と娘の仲睦まじい姿に、自然と心の内が暖まってくるようだった。
信長様は、結華を膝の上に抱いて、器用に食事を進めながら、時折食べさせてやったり、といつも以上に甘やかしておられるようだ。
夕餉が終わり、自室に戻ろうと促すが、結華はそれでも信長の膝の上から離れたがらない。
「……結華?」
「っ…父上、今宵は父上と母上と、三人で寝たいです…駄目ですか??」
自室で一人寝をするようになってから、そのようなことは言ったことがなく、結華にしては珍しい我が儘だった。
父に甘えて離れたがらない……不安の裏返しなのだろうか……
「ふっ…では今宵は久しぶりに三人で川の字になって寝るか?」
「はいっ、父上っ!」
嬉しそうに顔を綻ばせる結華を、信長はギュッと包み込むように抱き締める。
娘の不安を拭い去り安心させようとするかのように、抱き締めるその腕は力強いものだった。