第61章 試練の時
外から見ただけでも火の勢いは激しく、爆発音も聞こえていた。
あんなに激しく燃える中から、どうやって脱出できたんだろうか。
戸惑いを隠せない表情を浮かべる朱里に、信長はニヤッと悪戯っぽく笑って思いがけないことを言った。
「朱里、本能寺の庭に井戸があったのを覚えているか?」
「えっ?井戸??……そう言われれば…あったような」
整然と整えられた見事な庭の片隅に、何となく不釣り合いな井戸があったのをぼんやりと思い出す。
「くくっ…あの井戸はな、俺が掘らせた。
井戸の底は、万が一の時の『抜け道』に繋がっておる」
「えっ、ええええっ?抜け道?何ですか、それ??」
「京には多くの軍勢は入れられん。上洛の際はどうしても守りが手薄になるゆえ、今回のような奇襲をかけられることは想定していた。俺の命を狙う者にとって、京は最も都合の良い場所なのだ」
「だ、だから、予め脱出の為の抜け道を?」
「そうだ、三町先の南蛮寺の裏に出られるように抜け道を掘ってあった。このことは、俺と秀吉、光秀の三人しか知らぬ。まぁ、使ったのは此度が初めてだったがな」
悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑う信長に、朱里は呆れて開いた口が塞がらない。
「っ…何で…何で教えて下さらなかったんですか!?
光秀さんもですよ?知ってたんなら言ってくれても……」
「すまんな、お前を連れて寺を出る際は本当に刻がなかったのだ。
御館様のことだ、万が一の時は抜け道を使われるだろうとは思ったが…寺が火を噴いた時には、正直この俺も肝を冷やした……久しぶりに嫌な汗を掻いたぞ、秀吉よ」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてチラリと見てくる光秀に、秀吉は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「知るか、こっちはこっちで大変だったんだからなっ…御館様がっ…」
「秀吉…よい」
「っ…はっ…」
秀吉さんの言葉を遮るようにして制止の声を上げた信長様の様子に訝しさを感じたけれど、そのまま話は進んでいく。
「南蛮寺に出てすぐに洛外の軍勢と合流するつもりであったが、元就め、そちらの方にも手を回して足止めしておったようだな。
だが、毛利軍の方も、元就の消息が分からず混乱しておったゆえ、ひとまず我らは阿弥陀寺へ身を寄せることにしたのだ」
「……阿弥陀寺…ですか?」
馴染みのない寺の名に、朱里は首を傾げる。