第61章 試練の時
「朱里っ!」
少しぼんやりと考え事をしていた私は、いつの間にか広間へと足を踏み入れていた家康の姿に気付かなかった。
「っ…朱里っ…あんた、大丈夫?」
「っ…あっ…家康っ…よかった、無事で…怪我、してない??
三成くんは?あっ…怪我してるのっ?早く手当を………
…………っ…えっ…あっ……あぁ…」
家康と三成くんの後から広間に入ってきた人物を見た私は、ひどく衝撃を受け、込み上げてくる感情を抑えられなくなった。
「の、のぶながさま?信長さま?あぁ…生きて…っ…あぁ…」
逢いたい……何度も何度も願った。
生きていて欲しい……無事を信じる心は揺れてばかりだった。
愛しくて堪らない人が、今、目の前に、手を伸ばせば触れられるところに立っている。
今すぐ傍に駆け寄って触れたい、そう思う気持ちに反して身体が動かず、私は力が抜けたようにその場にペタリと座り込んだ。
求めて止まなかった人の姿を見たことで、戦の真っ只中にあって張り詰めていた緊張の糸が切れたようだった。
胸の奥から熱いものが込み上げてきて、止めどなく涙が頬を濡らしている。
「うっ…くっ…ふ…あぁ…のぶながさまっ…」
泣きじゃくる私の身体は、逞しい大きな腕の中にふわりと抱き竦められる。
私を抱き締める信長様の身体も、少し震えているみたいだ。
「くっ…朱里っ…」
「あっ…あぁ…ご無事で…よかった…」
「…約束、したであろう?また逢える、と。俺は、貴様を置いてなど行かん」
「っ…はい…はいっ…」
信長様の骨張った長い指先が、頬を伝う涙を拭おうとするけれど…溢れて止まない涙は指先を濡らすばかりだ。
ふっと困ったように眉根を下げて優しく笑った信長様は、躊躇うことなく私の頬に顔を寄せ、溢れる涙を唇で優しく拭った…何度も何度も。
「…朱里、もう二度と貴様を離さん…」
「っ…はいっ…私も…何があっても、もう…離れたくないっ」
頬を這っていた信長様の熱い唇が、自然な感じで私の唇に重なって……それは、二人が離れていた間を埋め、ひとつに溶け合うような甘い甘い口づけだった。
広間で私達の様子を固唾を呑んで見守っていたのであろう兵達は、その瞬間、抑えきれぬように歓喜の声を上げた。