第61章 試練の時
信長が率いる軍勢は、敵の戦意を喪失させ、城を囲んでいた敵方をあっという間に壊滅させた。
「…信長様っ!」
敵兵の屍が累々と地に横たわる中を、ゆっくりと馬を歩ませている信長に家康は堪らず駆け寄っていた。
そんな家康を、信長は余裕たっぷりの笑みを浮かべて見ている。
「ふっ…家康、待たせたな」
「……別に待ってませんけど…あんな奇襲、俺たちだけで十分でしたから…それより、あんたは今まで何やってたんですか?
こんな軍勢、一体どこから……」
「くくっ…俺だ、家康」
信長の後ろから、聞き覚えのある声がして現れたのは……ニヤリと不敵に笑う、光秀だった。
「光秀さんっ!?」
何で光秀さんがここに…?
政宗さんと一緒に、西国での謀叛の鎮圧に行ってる筈じゃあ……
この軍勢は西国へ向かった筈の兵達なのか…
相変わらず飄々とした態度で当たり前のように信長の傍に控える光秀に、頭が混乱してきた。
「あの…もう俺には理解不能なんですけど…取り敢えず、早く城内に入ってもらえます?
朱里が…あの子がどれだけあんたのこと心配したか…分かってますよね、信長様?」
余裕の笑みを崩さない信長に対しての精一杯の反抗のつもりで、朱里の名を出して、じとっと睨んでやる。
(っ…まったく…俺だって死ぬほど心配したんだけどっ…まぁ、口が裂けても言わないけどね……)
「ふっ…分かっておる。
家康、貴様にも心配をかけたな」
そう言うと、いきなり家康の髪をクシャクシャっと撫で回す。
家康の猫っ毛の癖毛が、信長の手の中で柔らかく形を変える。
「ちょっとっ…子供扱いしないでもらえます!?」
「…ああ…よく守った…この城を…朱里を。家康、礼を言うぞ」
「っ………」
ツンっと鼻の奥が痛くなって慌てて横を向いた俺とは反対に、信長様は悔しいぐらいに余裕たっぷりで、周囲に集まった兵達に労いの言葉をかけている。
声をかけられた兵達の信長様を見る目は、熱に浮かされた者のそれで、もはや神を見るかの如くだ。
あぁ…悔しいけど、この人には敵わない。
この人を失ったかもしれないと思うだけで、皆が絶望の淵に突き落とされた。
今、この人の無事な姿を見ただけで、皆が狂喜乱舞している。
(ほんとにこの人は……俺の手には負えない)