第61章 試練の時
空気を震わせるような、大きく重厚な地響きがどこからともなく聞こえてきて、その音は敵方の背後に迫ってくる。
(何だ?これは…馬の、蹄の音??数が多い…これは…千、いや三千は超えてるか??
くっ…敵方の増援か…これ以上は…もう保たないっ…)
「くっ…三成っ、敵の増援か?」
「っ…いいえ、家康様っ、敵の増援ではございませんよ!
旗印を…旗印をご覧下さいっ!あれはっ…」
土煙を上げながら徐々に敵の背後へと迫り来る軍勢の掲げる旗印…それは遠目からでは分からなかったが、近づいてくると……
(黄色い旗……あれは、あの紋様は…まさかっ…)
ゆらゆらと揺れる無数の旗印を掲げて、敵方の背後に迫る軍勢。
「黄絹に永楽銭…くっ…あれはっ…織田の軍勢か…?」
旗印は紛れもなく織田軍のもの
だが…織田の援軍なんて、一体どこから?
西国で戦っている政宗さん達からは「援軍は送れない」との返事があった。
安土や岐阜の城から?いや、あちらにはこの奇襲のこともまだ伝わっていないだろう。
じゃあ、あれは…………
「っ…あれはっ…まさかっ…」
勢いよく迫る軍勢の先頭で猛然と馬を駆るのは…漆黒の甲冑の…
「信長様っ!」
「御館様っ!」
ーうわああぁ!
味方の兵達にもその姿が目に入ったのだろう、地を轟かす地響きのような歓声が次々に上がり、空気を震わせるように広がっていく。
その光景は、思わずゾクっと身震いするほどに圧巻だった。
「御館様じゃ!…くっ…生きておられたっ…」
「いや、甦られたのだっ…やはり、御館様は魔王様じゃっ!」
「我らも御館様に続くぞっ…奇襲などという卑怯な真似をする輩に負けてなるものかっ!」
信長の姿を見て一気に士気が上がった織田軍とは正反対に、敵方の兵は完全に浮き足立っていた。
背後から突如現れた新手の織田軍と、城からの兵達とで、いきなり挟み討ちになった格好で、それだけでも動揺が広がっているというのに、軍勢の先頭では、死んだと噂されていた信長自身が、鬼神の如き戦いぶりで刀を振るっているのだ。
「ひっいい…魔王だ…助けてくれっ…助けてっ…」
「囲まれてる…もうダメだ…」
足軽達の中には、武器を捨てて逃げ始める者もいた。
それほどに、先陣を切る信長の姿には鬼気迫るものがあり、まさに死の淵から甦った魔王さながらの戦いぶりであった。