第61章 試練の時
もう二度と、大切な人達を置いて自分だけ逃げ出したくはなかった。
本能寺で信長様と別れた時の、心が引き裂かれるような辛さが胸に迫ってきて居ても立っても居られなかった。
あんな思いはもう二度としたくはない。
「っ…朱里、気持ちは分かるけど…俺はあんたと結華を守らなきゃならない。
信長様の大切なものを…あの人の血を絶やすわけにはいかないんだ」
「っ…家康っ…」
「信長様のこと、俺は諦めてないから。あの人は簡単にくたばるような人じゃない。殺したって死なないのが信長様だよ?
だから…あんたも生き延びて。もう一度、あの人に会うために…」
「家康っ…私っ…」
「……なんて、俺も三成もそう易々と死ぬ気はないからね。守るよ…この城」
兵達の指揮をとるために再び戦の前線へと戻っていく家康の後ろ姿を、私はそれが見えなくなるまで見つめ続けた。
「三成っ、戦況はっ?」
前線に戻った家康はすぐさま、兵達に混じり刀を振るう三成の横へと駆けつける。
「家康様っ……よくないですね…敵の数が予想以上に多いです。こちらの兵力が手薄なことは既に知られているようです。
城門が突破されるのも時間の問題かと…くっ…」
飛んできた矢を叩き落としながら、三成は冷静に戦況を判断する。
このままでは拙い……二人とも分かってはいるが、防戦一方でずるずると下がるばかりだ。
兵達も必死で戦ってくれてはいるが、敵方の数に押し切られているようだ。
「くっ…こんなみっともないとこ、あの人に見られたら何て言われるか……全力で耐えるぞっ、三成っ!」
「はっ!」
雨霰の如く降り注ぐ矢弾に、城を守る兵達が次々に倒れていく。
それでも織田の兵は、城を守らんと怯むことなく前へ前へと進んでいった。
ーパンッ!
「っ…!」
「三成っ!大丈夫かっ?」
「くっ…大事ありません、この程度…弾が掠っただけです…」
腕を押さえる三成の甲冑の下の着物には、血がジワジワと滲んでいる。
(これはいよいよ拙いか…鉄砲の弾が当たるぐらい、こんな近距離まで迫られてるとは…くっ……)
敵方に城門を破られたら最後、城内は一気に混乱するだろう。
それまでに朱里と結華を城から出さないと……そう考えて徳川配下の忍びに指示を出そうとした、その時だった。