第61章 試練の時
「っ…朱里…あんた、そんなこと…」
「これでも一応、武家の女だよ。戦の心構えぐらいは知ってる。
私は…守られる人じゃなくて、皆を守れる人になりたいから…」
(信長様はいつだって私を守ってくれていた。
私だけじゃない、家臣や領民たち、城や国、全てを……
信長様が大事に守ってこられたものを、失いたくない。
信長様の代わりに、今度は私が守らなくちゃ……)
「…分かった。政宗さん達も謀叛の鎮圧に手こずってるみたいだから、援軍はすぐには期待できない。
とにかく…今はやれることを何でもやるしかないよ」
それからすぐに城内は慌ただしくなった。
真新しく美しい城内に人がごった返し、怒号が飛び交う。
誰もが不安そうな表情を隠しきれず、それでも心を奮い立たせて戦おうとしている。
やがて、城外の兵と敵軍とが交戦したらしく、刀の合わさる激しい金属音や弓矢が風を切る音などが次々に聞こえてきて、戦の恐怖を否応なく肌で感じてしまう。
「っ……」
(怖いっ…)
武芸のたしなみはある、家康に救護の指南も受けてきた。
それでも…初めて見る戦場の惨状に、私の足はすくんでしまう。
戦が始まり、暫くすると、次々と負傷した兵達が運ばれてきて、血と埃に塗れた兵達が傷の痛みに呻く声が、彼方此方から聞こえてくる。
地獄絵図のようなその光景に、足元が震えるけれど…
(家康も三成くんも前線で戦ってくれてる…私も自分にできることをやろう)
「っ…傷を見せて下さい…消毒するので少し痛みますけど、我慢して下さいね」
「くっ…奥方様っ…畏れ多いことで…」
「そのような気遣いは無用ですよ」
「千代、傷の深い者はこちらに寝かせて。それと、蔵からもっと酒を出してきて…消毒に使う酒が足りないわ」
「は、はい…姫様」
「朱里っ…」
「っ…家康っ…戦況は…?」
「…思わしくはないね…こちらが押されてる」
運ばれてくる負傷兵の数が増えていることと、家康の顔から疲労感が滲み出ていることとで、戦況の悪さはある程度予想はしていたが……
「今は城外で何とか抑えてるけど…城門を突破されると厄介だ。
そうはならないように全力で抑えるつもりだけど…万一の時は、朱里、あんたは結華を連れて城を出て。忍びを付けるから」
「えっ!いやっ!最後まで皆と一緒にいる、そうさせて」