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永遠の恋〜信長の寵妃【イケメン戦国】

第60章 京へ


「…家康、私は…どうすればいい?」

「信長様と秀吉さんがいない今、織田家もまた揺らいでる。
信長様には…お世継ぎが…いらっしゃらないから。
俺や政宗さんは部外者だし、光秀さんはあんな感じだから、老獪な家老達は納得しないだろう。
しかも、あんたが信長様と一緒に京にいたことは一部の者しか知らないから、光秀さんが信長様を見捨てて京から逃げ戻った、いや、これは光秀さんの謀叛だ、なんて心ない噂をする者もいる。
………こんな時に内輪揉めは避けたいんだけどね」

「っ…そんなひどいことっ…光秀さんは信長様のご命令に従っただけなのに…」

「今、光秀さんは京へ忍びを放って信長様達の消息を探らせてる。
朱里、女のあんたにこんなこと言うの、酷だと思うけど…家老達を説得して、皆をまとめて欲しい。
それができるのは、信長様の正室である、あんただけだから…」

「家康……」



家康が部屋を出ていった後、千代が着替えを持ってきてくれ、私はようやく、自分があの日京を出た時の格好のままだったことに気付く。

信長様と逢瀬に出た時に着ていた簡素な小袖

急遽、寺を脱出する為に慌てて着替えたその小袖は、皮肉にも京での楽しかった思い出を思い出させるものだった。
一昼夜に渡る山越えで、それは裾が汚れたりほつれたりしていて、今は見るも無惨な状態だった。

(まさかこんな事態になるなんて…思ってもみなかった)

信長様との楽しかった逢瀬の記憶が甦って、鼻の奥がツンと痛くてまた泣きそうになってしまう。

帯を解き、小袖の袷を開いた時、思いがけず中から何かがこぼれ落ち、畳の上にコロンと転がった。

「っ…あっ……」


小さな花と蝶の繊細な蒔絵が施された美しい櫛


信長様が京で買ってくださったその櫛だけは、どうしても手離したくなくて、あの混乱の中でも着物の懐の奥に大事に仕舞ったままで寺を出たのだった。

「うっ…くっ…ふ、あぁ…信長さま…信長さまぁ…」

櫛を胸に抱いて、心の中のものを全部吐き出すように、何度も何度も愛しい人の名前を呼ぶ。


返事が返ってこないことは分かっている。

泣いていても何も変わらないことも知ってる。

これから起こる様々なことへの不安は尽きないし、家康が言うように皆をまとめる自信なんて微塵もなかった。



それでも……今だけは信長様のことだけ想って泣いていたかった。


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