第60章 京へ
それから数日、信長様不在の大坂城はしんっと静まり返ったようになり、侍女や家臣達の不安は日に日に広がっていくようだった。
私は家康の進言に従い、光秀さんに対する誤解を解くために家老達を集めて、本能寺での事のあらましを説明して一応の納得は得たが、やはり信長様という圧倒的な存在を失った家老達の動揺は相当なもので……今更ながら、私も信長様の偉大さを痛感させられたのだった。
光秀さんは、謀叛の疑いをかけられても相変わらず飄々としていて、引き続き京で、信長様の消息を調べてくれている。
「朱里…」
「っ…光秀さん…戻っておられたんですか?あのっ、どうでしたか?何か分かったことは……」
「いや…すまない、これといった手掛かりは…まだない」
「…そう…ですか…京は…どうでしたか?」
「御館様の…織田家の権威が揺らいでいる今、京の治安も良くはない。
織田の領地でも兵を挙げた大名がいる…俺と政宗が出陣することになった。
家康と三成が留守居で残るが……朱里、お前は大丈夫か?
まともに休んでいないんだろう?」
「夢を…見るのが怖くて…」
信長様が炎に包まれる、あの恐ろしい夢を再び見るかもしれないと思うと、眠りにつくのが怖い。
昼間も、じっとしていると悪い想像ばかりしてしまうから、家康の薬作りを手伝ったりしている。
「お前が倒れてしまっては、元も子もない。
『よく食べてよく寝る』それがお前の良いところ、だろう?」
「っ…ふふっ…やだ…光秀さん、ひどいですよ、それ」
言葉では貶されてるのに、光秀さんの私を見る眼差しは堪らなく優しい。
(あぁ…そうだ、この人はそういう人だ)
「…御館様はきっと大丈夫だ……魔王と呼ばれるほどのお人だぞ?あの世の方から断りが来るはずだ」
ニヤリと不敵に笑う光秀さんを見ていると、きっと大丈夫だと、何の確証もないのに、そう思えてくるから不思議だ。
「ふふ…ありがとうございます、光秀さん」