第60章 京へ
「母上〜、見て見て!花冠、綺麗でしょう?父上が作ってくれたんだよ〜」
辺り一面に広がる小さな白い花は、今を盛りと芳しい香りを放ちながら咲き誇っている。
その中を、見事な出来栄えの花冠を頭に乗せた結華が足取りも軽く、嬉しそうに私のいる方へと歩いてくる。
その後ろには、慈愛に満ちた優しげな笑みを浮かべて私達を見守る、愛しい人の姿があった。
(信長様っ…よかったっ…ご無事で…京での出来事、あれはきっと夢だったんだ…)
「信長様っ…」
一刻も早くその身体に触れたくて、花畑の中をかき分けて進み、お傍へと走り寄ると、ぎゅっと抱きついた。
「信長様、お帰りなさいませ!ご無事でよかったっ…」
「……………………」
「信長様……?」
「……………………」
呼びかけに反応がないことが不安で、恐る恐る見上げると、そこには先程まで見せていた優しい笑顔はなく、氷のように冷たく冷めきった青白い表情で私を見下ろす、別人のような信長様がいた。
「っ…信長様っ…どう、なさった、の…っ…あっ…」
広い背中に回した手に、ぬるりと濡れた嫌な感触を感じて、思わず手を引っ込めて、恐る恐る確認すると………
「ひっ…やっ…血っ!?」
手の平いっぱいにべっとりと付着した、真っ赤な鮮血に、息を呑む。
「っ…あっ…信長様っ、お怪我をっ??」
「…………………」
信長様は青白い能面のような顔のまま、一言も発しない。
その目は虚ろで、私の姿も映っておらず、感情の一切が読み取れなかった。
ーぽた ぽた ぽたっ ぴちゃ
「ひっ…やっ…あぁっ…」
だらりと力無く垂れ下がった腕を伝い、真っ赤な鮮血が絶え間なく流れ落ちる。
ぽたぽたと耳障りな音を立てて流れ落ちる血は、咲き誇る白い花びらの上に落ちて次々に紅い染みを作っていく。
(っ…こんなにたくさん血が…)
あっという間に、足元の白い花畑は真っ赤な血の色に染まっていった。
可憐な白い花々が、一瞬にして紅蓮の華へと変わっていく様が凶々しい。
随分と出血しているはずなのに、信長様は微動だにしない。
その違和感に焦りを覚え、再度呼びかけようとした、その時……
ーボウゥ ボワァァ!ゴオオオォ!
「っ…きゃあっ!あっ…やっ…」