第60章 京へ
山越えで京から大坂へと向かった私と光秀さんが、ようやく大坂城へ帰り着いた頃には、本能寺が襲われた日から既に丸一日が経っていた。
(っ…やっと着いた…)
城門前で、光秀さんと共に馬を降りた私は、積み重なった心と身体の疲労感から、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「朱里っ!」
光秀さんが慌てて支えてくれるその腕に、縋りつくように身体を預けて、陽の光を受けて輝く天主を見上げた。
(っ…信長様っ…)
「朱里っ!」
「……家康っ、政宗っ…三成くんっ…」
城から慌てたように迎えに来てくれた三人の姿を見て、抑えていた感情が溢れ出てしまい、堪え切れずに、双眸から涙が次々に溢れていった。
「っ…家康っ、信長様は?信長様はどこ?ご無事よね?本能寺は?あっ…燃えて…信長様っ…」
「くっ…朱里っ、落ち着いて…」
腕に縋りつき、取り乱して矢継ぎ早に問いかける私を見る家康の目は、痛ましそうに歪められている。
(何で…何でそんな目で見るの?信長様は…どこにいらっしゃるの?)
「朱里、落ち着いて聞いて。
本能寺は全焼した。信長様と秀吉さんは……行方が分からない。
洛外にいた織田の軍勢は、信長様に合流できなかったんだ。
軍勢が本能寺に着いた時、寺は既に焼け落ちてて…信長様達の姿はどこにもなかった。
遺骸も……見つかってない。二人とも生死不明だ」
「やっ、家康っ、何言って……信長様っ…いやっ、ああぁ…」
(嘘っ…行方が分からないって…遺骸って…なに?何言ってるの…?信長様が死っ…そんなの、いやだっ!)
家康の言葉は、私の頭の中を通り過ぎて行くばかりで、その意味がちっとも理解できない…いや、理解したくもなかった。
信長様が生死不明?
そんなはずはない そんなはずは………
本能寺が燃え落ちて……炎に…信長様が…
「うっ…いやあああぁぁぁ……」
立ち上る紅蓮の炎に包まれる信長様の姿が脳裏に過った瞬間、堪え切れないほどの哀しみに胸を締めつけられた私は、頭の中が真っ白になって…そのまま、ふっと意識を手放していた。