第60章 京へ
秘かに京を出た私達は、馬を駆り、一路、大坂城を目指す。
大坂城には、家康、政宗、三成くんがいる。
久兵衛さんの調べでは、毛利は大坂へは兵を差し向けておらず、本能寺急襲の報も既に大坂へ向けて送られたという。
「毛利の追手を撹乱する為、街道を通るのは避ける。
山越えゆえ、女子のお前には厳しいだろうが…堪えてくれ」
光秀さんは沈痛な面持ちで、でも淡々と私に伝えてくれる。
冷静な光秀さんがいつもみたいな意地悪な軽口も叩かない…事態はそれ程に深刻だということだろうか。
「大丈夫です、光秀さん。もう…取り乱したりしないから、私のことは心配しないで……」
「っ…朱里、お前っ…」
信長様を信じよう
すぐ逢える、と約束して下さったから
大丈夫、信長様のことだもの、きっと無事でいらっしゃる
だから私も、無事に大坂に帰る…もう一度、貴方に逢うために…
「はぁ…はぁ…っ…は…」
「この山を越えたら大坂までもうすぐだ」
光秀さんは時折、私を気遣って声を掛けてくれるが、それ以外はお互いに会話もなく、ただ黙々と歩く。
もう少し…もう少し…
馬を引いて歩く光秀さんの後ろを、逸れないように凝視しつつ、荒く乱れた呼吸を吐き出しながら、一歩一歩重たい足を動かす。
身体中が痛くて悲鳴を上げている…もう限界だと…
でも…私は前に進まなくちゃいけない。
愛する人にもう一度逢うために、ここで立ち止まる訳にはいかないんだ。
頭の中では、最後に見た紅蓮の炎が焼きついて離れない。
あの業火の中で、信長様は元就さんと戦ったんだろうか……
(元就さんっ…どうして?)
あの中国四国攻めで、織田軍が毛利・長宗我部連合軍に勝利したことで、信長様の天下布武は一気に加速した。
長宗我部家は降伏し、四国も今は信長様の支配下となっている。
毛利軍は水軍も含めてほぼ壊滅状態、元就さんは戦のあと、行方が分からなくなったけれど、信長様は深追いはなさらなかった。
(元就さんは、乱世を望んでいるのだろうか……信長様を倒して、日ノ本が再び戦乱の炎の中に巻き込まれることを望んでいるのだろうか……)
これから始まるかもしれない日ノ本の混乱を想像すると、胸が苦しくなって…目を閉じると、元就さんの紅色の瞳が浮かぶ。
信長様と同じ深紅の瞳
だけど…元就さんの瞳は暗くて冷たかった