第60章 京へ
「力のある強き者は、弱き者を守らねばならん。
他愛ない日々を懸命に生きる者どもが虐げられぬ世を築くことが、力のある者の使命だと…俺はそう思うのだがな」
信長様はそう言うと、空を見上げられた。
見上げた先には、一点の曇りもない爽やかな青空と、地上に生きる数多のものを等しく照らす日輪の光が、暖かく輝いていた。
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陽が西の空に傾きかけた頃
「そろそろ戻るか?」
「はいっ!ふふっ…皆にお土産、いっぱい買っちゃいましたね」
「くくっ…俺の手に余るほどとは、欲張りおってからに」
「やだ、『信長様』だって、結華にお土産買い過ぎですよ?」
「……何を言うか、これでも少ないぐらいだぞ?……っ貴様はまた、名を呼びおって…まったく…今宵は仕置きが確定だな」
「あっ!やっ…ごめんなさいっ!待って、吉様っ!」
「許さん」
意地悪な笑みを浮かべながら、すたすたと前を歩く信長様を追いかける為に足を早めようとしたその時、
ふと、隣をすれ違った人になんとも言えない既視感を感じて、出しかけていた足を止める。
(っ…あれ…?あの人………)
しかし、ゆっくりと振り返った私の視線の先には、そのすれ違った人は既にいなかった。
角を曲がって路地に入ったのだろうか……
何となく気になって足を止めて後ろを向いたままでいると、
「朱里!どうした?行くぞ」
後ろを振り向いて私の方を不審そうに窺う信長様の姿に、慌てて踵を返す。
(っ…気のせい、だったのかな……あの人が京に居る訳ない…よね?
でもっ…あの特徴的な銀髪は……いや、でも…あれから随分と年月も経っているし…私の見間違いかもしれない)
心の中にもやもやとしたものを抱えながらも、信長様の隣に並び、他愛ない話をしながら本能寺へと戻る道を行くうちに、私はいつしか、そのことを無意識に頭の片隅へと追いやってしまっていたのだった。
この時見た『あの人』が見間違いではなかったことに私が気付くのは、それからしばらく後のことだ。
けれどこの時の私は、まさかこれが、私と信長様を翻弄する運命の始まりだなんて、思いも寄らなかったのだった。