第60章 京へ
困ったように眉尻を下げる姿に、益々虐めたくなるのだが……
「はい、お待ちどうさま、お茶と団子、二つずつね!」
奥から茶を運んできた店の者の威勢のいい声に、朱里は慌てて身体を引いて距離を取る。
「あ、ありがとうございます…わぁ、美味しそうっ!」
「……あんた達、見慣れない顔だね、どこから来なさった?」
恰幅のいいこの女はこの店の女将であろうか、気さくな様子で話しかけてくる。
「……あっ、えっと、大坂から、です」
「へぇ、大坂から?大坂と言えば、今、織田信長様が大坂から京へお越しだそうだよ、知ってるかい?
織田様は、京の町の賑わいを取り戻して下さった、それは偉いお人だよ。天女みたいに美しい奥方様がいらっしゃるんだって。
お会いしてみたいねぇ」
「っ……」
勢いに押された朱里が、言葉を返せずに黙っていると、女将はさほど気にする様子もなく、「ごゆっくり」と言ってそのまま奥へと戻って行った。
「「ふっ…ふふっ」」
二人して顔を見合わせると、どちらからともなく笑いが込み上げてきて、小さな笑みを溢す。
「あの、吉様、さっきの…京の賑わいを取り戻した、って……?」
「ん?あぁ………俺がかつて足利将軍を奉じて上洛した時、京の町は今よりずっと荒れていたのだ。
治安も悪く、往来の人や店も今ほど多くはなかった。
帝の住まう御所も、長らく塀が壊れたままで、朝廷には修繕する金はなく、お仕えする公家どもも見て見ぬふりだった」
「………それを全部、お直しになったのですか?」
「………織田家は、元は尾張国守護代の家老の家の、そのまた家老を務めるような、決して高い身分の家柄ではなかった。
俺の親父は、昇殿を許されるような位もない、帝にお会いしたこともない……それなのに、朝廷への寄進は惜しまなかった。
幼い頃、俺は親父に尋ねたことがある。
『この世で一番偉いのは誰か?将軍様か?』と……」
「…お父上様は、なんと?」
「親父は…『この世で一番偉いのは、お天道様だ、そしてお天道様の下におわす天子様だ』と言いおった。それ故に、武家は朝廷をお助けせねばならぬのだ、と」
「吉様も…お父上様と同じようにお考えですか?」
「……さてな、帝は確かに尊い御方だが……俺には、汗水流して必死に働く民百姓もまた、帝と同様に尊く思える存在なのだがな…」
「吉様……」