第60章 京へ
京の町は予想以上に賑やかで、行き交う人の数も、軒を並べる店の数も非常に多く、その賑わいは、安土の城下に勝るとも劣らないものだった。
「うわぁ〜賑やかですねっ!お店もたくさんあって…」
人混みに揉まれそうになりつつ、キョロキョロと視線を彷徨わせては彼方此方の店先を覗き見ている朱里の様子に少し呆れながらも、繋ぐ手に力を込める……放っておくと、蝶のようにひらひらと飛んでいってしまいそうだったから。
「っ…あっ…吉様?」
「ふっ…はしゃぎ過ぎて、はぐれぬように、な…」
「あっ、はい…ごめんなさい、私…興奮しちゃって…」
頬を赤らめ恥ずかしそうに下を向く。
(くっ…恥じらう姿も愛らしいな)
くるくると変わる表情
珍しきものに目を奪われては、夜空の星のようにキラキラと煌めく瞳
繋いだ手からは、興奮を物語るかのように熱い熱が伝わってくる
(貴様は何もかもが愛らしい…笑顔一つで俺を捉えて離さない。
輝くようなこの笑顔が見られるのならば、何処へなりとも連れて行ってやろう…)
「吉様っ…あれ、あのお店、見てもいいですか?」
「ああ、構わん」
朱里が俺の手を引いて向かう先には、女物の小間物を扱う一軒の店があった。
鮮やかな色合いが溢れる、その店先は至極華やかで…朱里が一緒でなければ、男の俺には到底無縁の世界が広がっている。
普段は、装飾品にも拘らず、贅沢も言わぬ朱里にしては珍しい…自分から小間物の類を見たいと言うなどとは……
(城に商人を呼んで装飾品を並べさせても、遠慮ばかりして一向に選ばず、結局いつも俺が見繕ったものを嬉しそうに、でも少し申し訳なさそうに手にするのだが……
この京の町の賑わいが、朱里の心も開放しているのだろうか…)
「はぁ…綺麗ですね」
うっとりと吐息混じりに呟く声に、はっとして隣を見ると、朱里は店先に並べられた品物に目を奪われているようだ。
「……どれが気に入った?…この櫛か?」
朱里の視線の先を辿ると、そこには細かな蒔絵細工が見事に施された櫛が幾つか並んでいた。
「どれも見事な細工だが、朱里はどの柄がよいのだ?」
俺はもう既に買ってやる気満々で尋ねると、朱里は戸惑ったように目を泳がせる。