第60章 京へ
姫君達の賑やかな噂話が繰り広げられている中、その御簾のすぐ側を信長様が美しい所作で通りかかられる。
外からは御簾の中は見えないはずであるが、信長様は御簾の前で徐に立ち止まられ、ふっと柔らかな笑みを浮かべられた。
その瞬間、キャーっという黄色い声が御簾の中で上がるのだった…
「………奥方様、大丈夫か?くくっ…魂が抜けたような顔をなさっておるが…」
「っ…わぁ!光秀さんっ??」
妄想の中に沈んでいた私に、背後から音もなく近づいていた光秀さんが声をかけてくる。
(っ…びっくりした…光秀さんって、足音しないんだけどっ…)
「光秀さん……お仕事の方は終わられたんですか?」
秀吉さんは信長様のお伴で御所へ行き、光秀さんは京の治安の見廻りで朝から出かけていたのだった。
「ああ…奥方様は一人でお留守番か?……また何か良からぬ想像でもしておられたのかな?」
「っ…し、してないですっ!」
(ひぃ〜光秀さんの頭の中ってどうなってるの?何で全部お見通しなんだろう……)
「……御館様のお帰りは遅くなられるだろうな…宮中では御館様は引くて数多だからな…くくっ…」
「っ……」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる光秀さんの言葉に、言いようのない不安を煽られた私は、信長様がお帰りになるまで、もやもやと一人で悩むことになったのだった。