第60章 京へ
コツンっと、いきなり額を合わせられた。
間近に迫る美しいお顔に、私の心の臓はもう、口から飛び出さんばかりにうるさく早鐘を打っていた。
「あっ…やっ…大丈夫ですから…んっ…離して…」
自然な感じで腰に回された手が、グッと私の身体を引き寄せる。
麗しく光り輝く源氏の君のごとき信長様に囚われた私は、求婚を受ける宮中の姫にでもなったような心地がしていて………
合わさった額が僅かに離れ、代わりに唇がゆっくりと近づく………
「っ…あ〜、コホンッ!御館様っ!そろそろお時間ですので…」
秀吉さんの焦ったような咳払いが聞こえて現実に戻り、私は、無意識に閉じていたらしい目を慌てて開いた。
「チッ…邪魔をしおって…」
目を開いた私のすぐ側では、信長様がわざとらしく舌打ちしながら秀吉さんをジロリと睨んでいる。
(危ない危ない…信長様のとんでもない色気に流されて、人前で口づけちゃうとこだった……。
でも……信長様の正装姿、ずっと見ていたいぐらい格好いいなぁ…はぁ…)
「朱里、では行ってくる。いい子で待っておれ」
優しく微笑んで、私の髪を何度か撫でては名残惜しそうにしながらも、信長様は御所へと向かわれた。
寺に残った私は、広い寺内を散策したり、住職様のお話を聞いたりしながら時を過ごした。
(信長様は、夕刻ぐらいまで戻れないって仰ってたな…帝へご挨拶して、宮中の公家衆とお話されたりするのかな……宮中って女官や高貴な身分の姫君も数多いらっしゃるんだよね……信長様は公家の姫君方にもすごく人気がある、って光秀さんが言ってたな…)
頭の中でよくない妄想が膨らんでいく。
宮中の渡り廊下を颯爽と歩まれる、束帯姿の信長様。
真っ直ぐに前を向いた、堂々とした佇まいは、公家の方々にも全く引けを取らない。
端正な顔立ちに、口元に涼やかな笑みを浮かべておられる様子は、絵巻物に出てくる貴公子のよう。
そんな信長様へ御簾越しに熱い視線を送るのは、宮中の麗しい姫君たち。
「あぁ…織田様はいつ拝見しても凛々しくていらっしゃいますわ」
「まことに…あの涼やかなお口元…どのようなお声でお話なさるのでしょう?」
「一夜限りでもいいから、お相手して頂きたいですわ〜」
「まぁ、はしたない…でも、魔王と呼ばれておられる御方ですもの、夜のお相手はさぞ大変では?」