第60章 京へ
それから数日後、私達は京へ上り、本能寺へと入った。
本能寺は法華宗の大本山であり、信長様の御上洛の折の宿所となっているのだ、と秀吉さんが教えてくれた。
天下を治める織田家に、いま現在、表立って敵対する勢力はないとはいえ、信長様が命を狙われる危険性は変わらずにある。
京へは多数の軍勢を入れることは許されない為、此度の上洛では秀吉さん、光秀さんが同行して少数の馬廻衆とともに入京しており、軍勢の多くは洛外に待機させているということだった。
城に比べると、どうしても警護が手薄にならざるを得ず、私が信長様と一緒に上洛することに、秀吉さんは当初は反対していた。
信長様は以前、私の義理の兄が差し向けた北条家の忍び『風魔』に本能寺で襲われたことがあり、秀吉さんは京での警護に関しては特に慎重になっているようだった。
「…あの、ごめんね、秀吉さん。私が一緒のせいで…気、遣わせちゃって…」
寺の者に警備の指示を次々に出している秀吉さんに、申し訳なくて声をかけると、秀吉さんは私を安心させるように笑ってくれる。
「朱里が気にすることじゃない。御館様とお前をお守りするのは、俺の役目だからなっ」
信長様は、今日は帝に拝謁するために御所へ参内される。
先程から別室で、参内のための正装に着替えられているのだけれど…………
「秀吉、準備はできたか?」
いつものように勢いよく襖を開けて入ってこられた信長様を見て、私は思わず息を呑んでしまった。
宮中での正装である束帯を着て、冠を被り、手には檜扇を持った信長様は、どこからどう見ても、完璧な殿上人だった。
元々端正な顔立ちが、黒の束帯姿で更に引き締まって見え、ゆったりとした装束の下に堂々たる体躯が垣間見える様は、さながら絵巻物の中の公達のようだった。
(うっ…素敵すぎる…『源氏の君』ってこんな感じ??いや、それ以上じゃない?……もう、目のやり場に困る……)
「……朱里?」
ぽーっと惚けたようになっている私に近づき、不審そうに見る信長様。
「っ…あ…」
(うっ…だめ、近くで見ると破壊力が半端ない。心の臓が破裂しそう……)
麗しい信長様の姿に心を奪われて動揺する私にお構いなしに、信長様は装束の裾を華麗に捌きながら私に近づいて………
「くくっ…貴様、顔が赤いぞ?熱でもあるのか?」