第60章 京へ
「……はい、どうぞ」
目の前にコトンと茶碗が置かれたのを確認して、甘味の皿に手を伸ばす。
『パン・デ・ロー』
異国の焼き菓子であり、安土の南蛮寺で初めて食べて以来、金平糖に次いで俺の好物となった甘味だ。
焼き立ては、ふわりと柔らかく、中はしっとりとした食感で砂糖の甘さが上品な菓子だが、時間が経って冷めると固くなってしまう。
それ故に、金平糖のように常に手元に置いて好きな時に食べられる菓子ではなかった。
(……金平糖も、秀吉の監視が厳しくて好きな時に食べられる訳ではないが……)
朱里は、『パン・デ・ロー』が取り寄せできない菓子だと聞くと、宣教師から作り方を教わって、城の厨で自分で作り始めた。
最初のうちは上手くいかず、「貴重な材料を無駄にしてしまった」とひどく落ち込んでいたが、最近は満足のいくものが作れるようになってきたらしい。
俺が食べたい時にいつでも食べられるように、自分で作れるようになりたい、と試行錯誤する姿が健気で……愛らしいこと、この上ない。
楊枝で一口分切り取って口に入れると、ふわりと蕩ける柔らかな食感と上品な甘みが口の中に広がっていく。
砂糖の甘さが脳の疲れを癒してくれ、幸福感に満たされる。
「美味いな」
「ふふ…よかった…今日は上手く膨らんだんです。かなりの自信作ですっ!」
そう言うと、自慢げに少し胸を反らして満足げに微笑む。
もう一切れ、切り取って、朱里の小さな口元に近づけると、
「ん…口を開けよ」
「っ…えっ!?あっ…やっあっ、は、い…」
戸惑いながらも恥ずかしそうに顔を赤らめて、小さく口を開ける姿に、邪な男心が擽られる。
(この愛らしい小さな口ごと食べてしまいたい、などという愚かな妄想を俺に抱かせるほどに、貴様のどんな仕草も魅力的だ)
「ん…んんっ!?んんーっ!」
小さく開いた口の中に菓子を入れると、すぐさま己の唇で蓋をする。
チュッと重ねるだけの軽い口づけ
ゴクンっと朱里の喉元が上下する
「やだっ…もぅ!飲み込んじゃったじゃないですかっ!」
「くくっ…愛らしい顔をする貴様が悪い」
更に赤くなった顔を押さえて恥じらう朱里を横目に、もうひと口切り取って頬張ると、その甘さを堪能する。