第10章 小さな恋敵
「兄上は……私の初恋の人でした。
尾張の大うつけと言われ乱暴な振る舞いのせいで身内にも疎まれていた兄上ですが、私にだけはお優しかった。
『市は俺が絶対に幸せにしてやる』と言って下さった。
幼い頃は本気で兄上のお嫁さんになるつもりでしたのよ」
ふふふ、っとお市様は悪戯っぽく笑う。
「……兄上が夫を討ったこと、この乱世では仕方のないことだったと分かっています。
兄上は長政様を本気で信じておられた。
実の弟のように信頼しきっておられた。
長政様に裏切られたと知った時の兄上の哀しみと絶望を思うと……長政様を止められなかった自分自身を責めずにはいられないのです。
織田と浅井を繋ぎ止められなかった、兄上のお役に立てなかった、そのことが心苦しくて……もはや兄上に合わせる顔がない、そう思っていました」
「お市様……」
(2人とも、なんて不器用なんだろう。こんなにお互いを大事に思い合ってるのに)
「………兄上は、変わられましたね。
以前は、あのように優しげな顔で笑われることはなかった。
眉間に皺を寄せて、いつも不機嫌そうにしておられた。
これ以上裏切りで傷付かぬようにと、感情を殺し自ら周りと距離を取って接しておられるようで心配していました。
朱里様と一緒におられる時の兄上は、昔の優しかった、私が好きだった兄上に戻られたようです」
「……お市様。……信長様は今もお市様のこと、『幸せにしたい』って強く願っておられますよ」
「……ありがとうございます」