第59章 新しき城〜魔王の欲しいもの
夕刻 宴の時間が近づく頃
「千代、打掛はやっぱりこっちの蝶の柄の方がいいかなぁ?この牡丹柄のも紅が鮮やかで綺麗なんだよねぇ…う〜ん、迷う」
「……姫様、そろそろお決め頂きませんと、武将方はもう広間へお入りですよ」
「そうなんだけど…信長様に頂いた打掛、どれも素敵で迷っちゃって…はぁ、なんでこんなに完璧に私の好みをご存知なんだろう?」
二着の打掛を交互に身体にあてて鏡を覗き込みながら言うと……
「まっ、姫様ったら……惚気てらっしゃるのですか?」
ふふふっ…と千代に笑いながら言われて、何だか恥ずかしくなる。
「…惚気てはいないけど…信長様は、いつも私が気に入るものばかり送って下さるけど、私は信長様に何もお返しできてないな、って思っちゃって……」
「それは…致し方ございませんよ。天下人たる信長様に手に入らぬものなど、この世にありますでしょうか?
欲しいものは全て手に入る御方でございますよ」
「でも、それじゃあ………信長様の欲しいものって……何だろう?」
改めて考えてみても、想像もつかない。
その事実に、私は信長様のことを知ってるようで実は何も知らないんじゃないか、と急に不安になってくる。
信長様の口から、これが欲しい、という言葉を聞いたことがない。
(金平糖は別にして……)
金平糖や茶器などお好きなものはあるようだけれど、物欲がないのだろうか、信長様はあまり物に執着されない。
各地の大名家からの豪華な献上品にも関心は薄いらしく、一通り目を通された後は家臣達の褒美に下げ渡されることも多い。
(新しいお城にも移れた今、信長様が今一番欲しいものって……一体何だろう?)
ふと浮かんでしまった疑問は頭から離れなくなり……それでも宴の刻限が近づいてきて、私は千代に急かされるままに打掛を羽織り、もやもやとした頭を抱えながら広間へと向かったのだった。