第58章 いざ大坂へ
「はぁ〜、本当に広くて立派なお城でございますねっ、姫様」
ようやく自室の片付けが終わり、一息ついたところでお茶を淹れてくれた千代が感嘆の溜め息を吐くのを聞きながら、改めて室内をぐるりと見回してみる。
「この襖絵の色使いも、欄間の細工も、華やかで、それでいて派手過ぎず誠に上品な…信長様は、姫様の好みを本当によく分かっていらっしゃいますねぇ」
「ふふっ…千代ったら…」
でも本当に千代の言うとおり、室内の装飾から新しい調度類まで、全てが私の好みに合うもので揃えられている。
私が細かく指示した訳ではないし、信長様が私にお聞きになった訳でもないのに……
(信長様は私のこと、よく分かって下さってるんだな…)
自室が落ち着いたので、信長様の居室である天主へと行ってみる。
「信長様、朱里です。入ってもよろしいですか?」
「……来たか、入れ」
真新しい襖をそっと開け、室内を見遣ると……
「っ…わぁ!」
広い室内に、鮮やかな色合いで描かれた花鳥風月の襖絵が目に飛び込んでくる。
廻縁に面した障子は開け放たれていて、明るい陽射しが室内に入るとともに、外の青空が垣間見えている。
信長様は廻縁に出て欄干に凭れながら、城下の様子を眺めておられたようで、私に気づくと、両手を広げて迎えてくれる。
澄み渡る青空を背に、口元に穏やかな笑みを浮かべるその姿が素敵で、キュンと疼く胸の鼓動を抑えながら、お傍へと寄る。
「信長様…」
「…どうだ?新しい城は?気に入ったか?」
「はいっ、とっても素敵でした!天主のこのお部屋も、すごく広くて豪華ですねっ!」
「ああ…安土城の天主以上のものを、と思い、意匠を凝らした。
室内の装飾はもちろん素晴らしいが、この廻縁から見る眺めもまた格別だぞ」
促されるまま欄干に凭れて外を見てみると、眼下には城下の賑わいが確認でき、遥か遠くの方の山々までよく見える。
「っ…わぁ〜!いい眺めっ!あっ、あれ、海ですか??」
遠くの方に海のようなものが見える。
あれは瀬戸内の海へと繋がっているのだろうか……
小田原育ちの私には、海の見える景色が懐かしく思える。
安土城から見る琵琶の湖も好きだったけれど、海が近くに見えるところに住めるというのは、また格別に嬉しいものだった。