第58章 いざ大坂へ
慣れない輿に揺られること暫く、ざわざわと辺りの喧騒が聞こえてくるようになり、隊列が大坂城下に入った気配を感じる。
人々の話し声なども間近に聞こえ、中には信長様と織田家を讃える声も多数聞こえてきて、ちょっと誇らしい気持ちになる。
(あ〜、輿じゃなかったら城下の様子が見れたのになぁ…見たいなぁ…でも、はしたないよね…)
塗り輿の入り口を少し開ければ外の様子が見える…ちょっとの隙間なら……
そう思い、そっと戸に手を掛けて開けかけると……
「朱里、覗き見はならんぞ?」
低く、それでいて良く通る、愛しい人の声が輿のすぐ横から聞こえてくる。
至極愉しそうな声音だ。
(!?信長様っ!?なんで??)
「くくっ…お転婆な奥方様は油断ならんな」
「の、信長様っ?なんで?先頭の方にいらっしゃったんじゃ……」
「まもなく隊列の先頭が城門に入る。城下の喧騒に、貴様はもう居ても立っても居られないのではないかと思ってな、くっ…」
顔は見えないけど、きっと苦笑いを浮かべているであろう信長様を想像して、輿の中で一人項垂れる。
(うっ…やっぱり信長様にはお見通しか……)
「落ち着いたら城下にも連れて行ってやる。だから今日のところは大人しくしておれ」
「……………はい」
信長様はその後も、輿の中の私に話しかけながら傍で馬を歩ませてくれる。
(本当はもっと隊列の先にいらっしゃらないといけないはずなのに…私が寂しくないように一緒にいて下さるんだわ…)
さらに後ろの結華の輿の方にも行かれて、声を掛けて下さっていたようだ。信長様は、初めての城移りとなる私達を随分と気に掛けて下さっているらしく…その気遣いが本当に有り難かった。
「おい、見ろ、あの豪華な塗り輿を。信長様が傍で守られているってことは、あれにきっと、奥方様が乗っておられるんだな。
惜しいなぁ…輿だと見えんなぁ…天女様が…」
(て、天女様っ??)
「おっ、信長様とお話されておる…お声が聞けるかもしれんぞ?」
(うっ…何それ、ちょっと待って……)
「っ…くくっ…くっ…」
輿の外で信長様の抑えたような忍び笑いが聞こえる。
『の、信長様っ!?』
「っ…朱里…天女の声だけでも聞かせてやるか?くくっ…」
『んっ、もうっ!何でこんなことに??天女だなんて…敷居を上げすぎですよっ!もうっ!』