第58章 いざ大坂へ
(あぁ、やっぱりこの方は私のことをよく見て下さってる……いつだって気遣ってくれて…本当にお優しい方)
「信長様」
「ん?」
「ありがとうございます…大好きっ」
「っ…貴様っ…」
さっと頬を赤く染めた信長様は、照れたように横を向いてしまわれたけれど、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「御館様、まもなく大坂の地へ入りますが……」
僅かに離れて付き従っていた秀吉さんが、馬を寄せてきて遠慮がちに声を掛けてくれる。
「あぁ…では、ここで一旦、隊列を止めよ」
「はっ!」
「信長様…?」
(ん?こんなところで休憩?もうすぐなら休まなくても……)
「……朱里、馬を降りよ」
「……えっ?」
「貴様はここからは後ろの塗り輿に乗れ」
「えっ…何故ですか??このまま、信長様の馬に一緒に乗っていたいです…ダメですか?」
「っ…いいから、言うとおりにせよ」
「でもっ……」
「朱里っ!」
「………………はい」
有無を言わせぬ強い口調で命じられると、それ以上何も言えなくなり、渋々馬を降りる。
そのまま後ろの輿の方へと歩いていくと、途中で光秀さんとすれ違う。
「おやおや、どうした?浮かない顔をして…お前らしくもない」
「っ…光秀さんっ…」
「……輿に乗るのが不満か?」
「…………………」
「天下人のご正室に相応しい豪奢な塗り輿を用意してあるぞ?」
「……豪奢な輿なんていらない…信長様のお傍にいたいだけなのに…いつもなら『離して』って言っても聞いて下さらない信長様が、私に『馬から降りろ』なんて……」
俯く私に、光秀さんはふぅっと溜め息を吐く。
「ふっ…御館様も罪作りなことをなさるものだな」
「えっ?」
「朱里、お前は、京、大坂で天下人の奥方様が何と呼ばれているか、知っているか?」
「私?」
「信長様の奥方様は天女のようにお美しい、御寵愛を一身に受けられて、他の女子が取り入る隙もないほど信長様を虜にさせている美姫だ、信長様は人目に触れぬよう大事にされて城の奥から出されぬのだ、と大層な評判だ。ひと目見たい、と思っている輩が今日は大坂城下に多数集まっているだろうな……」
「っ…そんな噂…」
光秀さんの言葉は、私にとっては現実味がなくて、ただ気恥ずかしいだけだった。