第57章 光秀の閨房指南
「信長様、お帰りなさいませ」
「父上っ、お帰りなさいっ!」
城門の前で、この上ない極上の笑みを見せて出迎えてくれた妻子の姿に、信長の心は安らぎで満たされていた。
離れていたのは半月程であったが、愛しい者が傍におらず、すぐに触れられない時間が、こんなにも長く感じられるものだとは思ってもみなかった。
「結華、いい子にしていたか?京の土産を沢山持ち帰ってやったぞ。
朱里、留守中、何も問題なかったか?」
「あっ、はい、大丈夫です!光秀さんが留守居を務めてくれたので…」
「ふっ…光秀に意地悪されなかったか?」
「えっ?ええっ…大丈夫…で、す…」
(何だ?歯切れが悪いな…くくっ…一体何があったのやら…)
朱里の様子を些か不審に思いながらも、留守中に出来るようになったことを一生懸命に話してくれる結華の愛らしい姿に気を取られていたこともあり、信長はそれ以上問うことはしなかった。
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湯浴みを済ませた後、鏡台の前で髪を梳きながら、褥に肩肘をついて横になっている信長様に話しかける。
「信長様、御上洛お疲れ様でした。大坂城はいかがでしたか?城移りは、いつ頃になりそうですか?」
「そうだな…ふた月程先には移れるだろう」
「まぁ!では準備を急がねばなりませんね」
「ああ、そうだな………朱里、こちらへ来い」
信長様はそう言うと、身体を起こして褥の上に胡座をかく。
両手を広げ、私を見つめる信長様の方へゆっくり近づいていくと、あっと思う間もなく腕を引かれて、その逞しい胸のなかへ閉じ込められる。
「…っ…あっ…」
ぎゅっと抱き締め、私の肩口の髪の間に顔を埋めた信長様は、私の存在を確かめるように抱き締める腕に力を入れて…そのまま暫く動かなかった。
「……信長様?」
(…どうなさったのだろう…いつもと違って何だか頼りなげなご様子……京で何かあったのかしら……)
力強く抱き締められる中で、何とか腕を伸ばして信長様の背に回し、その大きな背中を子供をあやすようにすりすりと撫でさする。
互いの体温を交合わせるように、強く深く抱き締めあった。
どのぐらいそうしていただろうか……ふうっと息を吐いて信長様がゆっくりと私の身体を離す。
それは、心の中に溜めていたものを全て吐き出すみたいな吐息だった。