第57章 光秀の閨房指南
「……これはこれは…奥方様…くくっ…随分とお寛ぎですな…」
突然、背後から抑えた低い声がかかり、ビクッと身体が震えた。
胸元に伸ばしていた手は、弾かれたように膝の上へと落ちる。
見知ったその声に恐る恐る振り向いてみると……
「っ…光秀さんっ…」
ニヤニヤと含み笑いを浮かべて立っていたのは、光秀さんだった。
(ゃ…やだ…いつから後ろにいたんだろう…聞いてた??私、声、出ちゃってた…よね??
で、でも…後ろだから、見られては、いない…よね??)
「あ、あのっ、光秀さん?いつから、そこに?」
「………部屋の前を通りかかったら、お前の声が聞こえたのでな。
……苦しげな声だったので、具合でも悪いのかと心配で来てみたんだが…くくっ…邪魔だったか?」
(ひいぃ……)
「じゃ、邪魔だなんてそんな…大丈夫です、私!」
「………………」
(うぅっ…気まずい…誤魔化せてないな、これは…)
光秀さんは暫く黙って庭の方を見ていて、その表情は、いつも通り何を考えているのか分からなかった。
漸く開いた光秀さんの口からは、私が想像もしてなかった言葉が発せられる。
「…御館様は今頃、どうされておるだろうな…小娘と同じく欲を堪えておられるだろうか…或いは……」
「っ…え…?」
「京や堺には見目麗しい女子が数多おってな…『遊廓』という、女達が春を売る店もある…男が欲を吐き出す場所には困らないところだ。男というものは、欲を抑えられん生き物だからな」
「っ…それ、どういう意味…ですか?」
(光秀さんたら、何言い出すのっ…信長様に限って、そんなことなさる筈が……)
動揺を隠し切れない私に対して、光秀さんは相変わらず涼しい顔だ。
「まぁ…御館様に限って、お前を裏切るような真似はなさらないとは思うが…御館様も男だからな、巧みな手管で妖艶に迫られでもしたら……なぁ?
小娘も、御館様に飽きられぬように、これを機に腕を磨いてはどうだ?」
「…腕を、磨く??」
「ふっ…勿論、閨事の腕だ。二人が仲睦まじいことは知っているが長く一緒にいると新鮮味に欠けてくるのではないか?
御館様の留守中に、手練手管を身に付けて、御館様を満足させてみてはどうだ」
(っ…満足って…手練手管って…)
光秀さんの口から発せられる刺激の強い衝撃的な言葉の数々に、頭の中がぐるぐると混乱してしまう。