第56章 秀吉の縁談
見合いの翌日、俺は御館様の御命令に従い、桜姫様に安土城下を案内するべく、久しぶりの休みを頂いていた。
「桜姫様、では参りましょう。何か見たいものなどはございますか?この安土には、京や堺からも異国の珍しいものが多数入ってきておりますよ」
「はいっ、秀吉様、ありがとうございます!楽しみです!」
「秀吉様、これは何でしょう?」
「秀吉様、この甘味、とっても美味しいですっ!」
桜姫様は、俺の隣で愉しそうに満面の笑みを浮かべている。
その純粋さは、傍目から見ても本当に愛らしく、男なら誰でも可愛い、伴侶にしたいと思うような様子だった。
二人並んで城下を散策しながらも、俺の心は複雑だった。
桜姫様から注がれる好意的な視線を痛いぐらいひしひしと感じながらも、それを素直に喜べる訳でもなく……自分でもどう接すればよいのか分からなかった。
「……秀吉様?」
「……あっ…すみません、何か?」
「っ…いえ……それにしても、この安土のご城下は活気に溢れておりますね!信長様のお力の凄さが窺い知れます」
「おおっ、姫もやはりそう思われますか?御館様は素晴らしい御方なのですっ!我らが思いもよらぬ事を、いとも簡単に成し遂げてしまわれるような方なのですよ!」
「っ…ふふっ…秀吉様は、本当に信長様をお慕いなされているのですね」
「あっ…はは…いや、これは…」
穏やかに微笑まれてしまい、何とも気恥ずかしかったが、不思議と嫌ではない。
桜姫と話していると自然と穏やかな心地になる気がするのだ。
愉しげに笑い合う秀吉と桜姫を、離れた店先で隠れるようにして見守る二つの影
「信長様っ、見て下さい!二人とも、お互い見つめながら笑い合ったりして……良い雰囲気ですよっ!」
浮き立った声を上げながら振り返った朱里の視線の先には、苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情をした信長の姿があった。
「……まったく…何で俺がこんなことを…」
「他ならぬ秀吉さんの縁談ですよっ…信長様だって気になるでしょ??」
「っ…それはまぁ…だからといってこっそり盗み見など…秀吉にバレてみろ、何を言われるか…」
「あっ!信長様っ、隠れて下さい!」
「っ……!?」
既のところで朱里に手を引かれて路地裏へ隠れると、ちょうど秀吉が後ろを振り向いたところだった。